戦争の傷跡
最近、何かと言うと憲法を持ち出して自分の行動や心情を正当化しようとするコイズミ氏が、またまたやってくれちゃいました。あの人には、いわばTVに出ているお笑い芸人さんのような言葉を操ることのできる才能があり、そこにTVが飛びついて「劇場型政治」が成立したのでしょうが、そんなものをそのまま受け取る側の情けなさ。次は、国民的人気に支えられたAさんだとマスコミはうるさいけれど、世論調査の結果云々と一緒に、Aさんの思想・信条・理念、そういう政治家としての資質みたいなものをしっかり書けよ、しっかりしてくれよ、お偉いマスコミさんよぉ。(与太っちゃいました。)
このところ、サクサクと本を読んでいるのですが、ちゃんと書いておく時間がありません。それはまた落ち着いた時にでも、ということで、つまりワタクシはお盆休みも関係なく、お仕事人間と化しているわけです。
先週、何ヶ月ぶりかで、古いLDをDVDにする作業をしました。バーゲンプライスで出ているものと、3時間以上の長尺はDVDを買いなおしてもいいことにしようと、勝手な理由をつけてちょっとハードルを低くしたとたん気が緩んで、すっかりペースを落としています。軟弱な私・・・
しばらくフランス映画のDVD化作業をしようと思っています。8月だから、と言うわけではなかったのですが、
アンリ・コルピ監督 「かくも長き不在」
マルグリット・デュラスが脚本を書いています。これは、ほんとうに素晴らしい映画なのです。カンヌでグランプリを取った作品だったと記憶。でも、ハリウッド映画のように大ヒットすることはなかった、のだろうと思います。
パリの下町で、あまり流行っていないレストランを営む女主人テレーズ。ある日、彼女は最近姿を見せるようになった初老の浮浪者に目を留める。ゲシュタポに追われて姿を消した夫にそっくりなのだ。男は記憶をなくしているらしい。あとをつけて住処を確認したり、呼び寄せた叔母と夫の話をするところを聞かせてみたり、閉店後のレストランに招いて食事をし、昔好きだった音楽をかけてダンスをしたり・・・テレーズは手を尽くすが、男には記憶を取り戻す気持ちがなさそうにすら見える。帰っていく男に、テレーズは夫の名前で呼びかける。
「アルベール・ラングロワ」
「アルベール・ラングロワ」と呼びかける声が夜の街にこだまする。すると、男は、おびえた顔でゆっくりと両手を差し上げる。もう逃げ場がない、降参だとでもいうように。やっぱり彼は夫だったのか・・・
再び走り出した男は、近づいてきた車のヘッドライトに目がくらみ、そして事故が起きる。彼は大丈夫、でも行ってしまったと友人に聞かされたテレーズは、希望を捨てないという。
そんなお話です。
記憶喪失の男は夫だったかもしれない、違う人物だったかもしれない。彼は、事故で亡くなったのかもしれないし、本当に街を出て行っただけかもしれない。結論は示されていません。それは見る人によって違ってもかまわないのです。
何かを声高に主張しているわけではありません。ですが、戦争によって幸せな家庭を壊されてしまった妻の哀しみが、心に沁み込んできます。ヨーロッパの文化が優れていると思うのは、こういう映画を見た時。
文化人コイズミ氏も、朝早くから警備の人やマスコミさんや、大勢の人を騒がせて、しょうもないことに血道をあげるのではなく、この映画でも見て、戦争の悪に思いを馳せてはいかがでしょう。あ、プレスリーの唄が使われてないから無理か・・・
このところ、サクサクと本を読んでいるのですが、ちゃんと書いておく時間がありません。それはまた落ち着いた時にでも、ということで、つまりワタクシはお盆休みも関係なく、お仕事人間と化しているわけです。
先週、何ヶ月ぶりかで、古いLDをDVDにする作業をしました。バーゲンプライスで出ているものと、3時間以上の長尺はDVDを買いなおしてもいいことにしようと、勝手な理由をつけてちょっとハードルを低くしたとたん気が緩んで、すっかりペースを落としています。軟弱な私・・・
しばらくフランス映画のDVD化作業をしようと思っています。8月だから、と言うわけではなかったのですが、
アンリ・コルピ監督 「かくも長き不在」
マルグリット・デュラスが脚本を書いています。これは、ほんとうに素晴らしい映画なのです。カンヌでグランプリを取った作品だったと記憶。でも、ハリウッド映画のように大ヒットすることはなかった、のだろうと思います。
パリの下町で、あまり流行っていないレストランを営む女主人テレーズ。ある日、彼女は最近姿を見せるようになった初老の浮浪者に目を留める。ゲシュタポに追われて姿を消した夫にそっくりなのだ。男は記憶をなくしているらしい。あとをつけて住処を確認したり、呼び寄せた叔母と夫の話をするところを聞かせてみたり、閉店後のレストランに招いて食事をし、昔好きだった音楽をかけてダンスをしたり・・・テレーズは手を尽くすが、男には記憶を取り戻す気持ちがなさそうにすら見える。帰っていく男に、テレーズは夫の名前で呼びかける。
「アルベール・ラングロワ」
「アルベール・ラングロワ」と呼びかける声が夜の街にこだまする。すると、男は、おびえた顔でゆっくりと両手を差し上げる。もう逃げ場がない、降参だとでもいうように。やっぱり彼は夫だったのか・・・
再び走り出した男は、近づいてきた車のヘッドライトに目がくらみ、そして事故が起きる。彼は大丈夫、でも行ってしまったと友人に聞かされたテレーズは、希望を捨てないという。
そんなお話です。
記憶喪失の男は夫だったかもしれない、違う人物だったかもしれない。彼は、事故で亡くなったのかもしれないし、本当に街を出て行っただけかもしれない。結論は示されていません。それは見る人によって違ってもかまわないのです。
何かを声高に主張しているわけではありません。ですが、戦争によって幸せな家庭を壊されてしまった妻の哀しみが、心に沁み込んできます。ヨーロッパの文化が優れていると思うのは、こういう映画を見た時。
文化人コイズミ氏も、朝早くから警備の人やマスコミさんや、大勢の人を騒がせて、しょうもないことに血道をあげるのではなく、この映画でも見て、戦争の悪に思いを馳せてはいかがでしょう。あ、プレスリーの唄が使われてないから無理か・・・
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