ボートで暮らす

ワタクシ、毎日、川を見て暮らしております。
(本当は海がいいんですけど、それは言いっこなしということで。)
夏になると、ジェットボートや水上スキーを楽しむ人たちが、川下のほうから上がってきます。私にとっての初夏から秋の風物詩。

しばらく夢の島アリーナに繋留したヨットで暮らしていた友人がいますが、私が眺める川岸には繋留されたボートもなく、暮らす人も・・・いません。

堀江敏幸 「河岸忘日抄」 (新潮文庫)
作者の分身と思しき「彼」は、知り合いの老人から「ぜんぶ好きに使ってくれたまえ」といわれた船を借りて、異国暮らしをしています。河岸に繋がれた船。なんとなく、場所はパリの近郊のように思えますが、定かではありません。「彼」の職業も、異国暮らしをするにいたった理由も、すべて曖昧模糊としたままです。そこをねぐらに、「彼」は「枕木さん」からのファックスを受け取り、郵便配達人とコーヒーを飲み、大家を訪ね・・・船にあった本を読み、レコードを聴いて暮らしています。いわば、隠棲生活。何もかもが曖昧ななかで、食に対するこだわりが、「彼」の生活にリアリティを与えています。

繰り返し登場する『K』の物語がいい。少年のころ「K」という怪物を見たステファノは、「K」から逃れるために一生を費やします。老いを自覚したステファノが、逃げるのをやめ「K」と対峙した時、「K」は、「追いかけてきたのは食うためではなく、海の王からのあずかりものを渡すためだった」と告げるのです。

Kはながい舌をだして、それを持つ者に富と力と愛と心の平和を与えるとつたえられてきた、大きな真珠を差し出す。なんということだ、とステファノは嘆く。つまらない勘ちがいからおのれの人生とKの一生をだいなしにしてしまった。Kは暗黒の海に消え、二度と姿を現さなかった。二ヵ月の後、大波にはこばれて、小さなボートが暗礁に乗り上げた。漁師がそれに気づいて近寄ってみると、なかに白骨死体が座っていて、指骨のあいだに丸い石が握られていた。


この挿話は、「彼」の隠棲生活の間中、いつも彼の思索の中心にありました。さて、狙い定めた人を必ず破滅させたという伝説を持つ「K」という名の鮫は、いったい何のアナロジーなのでしょうね。その上、大家の言葉はアイロニーと示唆に富んでいるし、郵便配達夫や枕木さんの考えもとても深い。

でも、私は、読みながらあれこれ考えるのを止めていました。「彼」が考えることをそのまま受け取り、「彼」の考えがどこかへたゆたっていくのならばそのままにたゆたい、そういう風にして1週間、私も「彼」の船で暮らしました。つまり、そんな風にこの物語と付き合ったというわけです。とても静かで有意義な1週間。

ゴールデンウィーク明けのお天気は不順だし、体調は悪いし・・・でも、おかげで、私の心には嵐は起きなかったような気がします。


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