プチ湯治@下部温泉

なんとなく恒例となりつつある5月の下部温泉。週末は雨という天気予報が外れることを祈りつつ、中年徒歩組、今年も2泊3日のプチ湯治に行ってまいりました。宿泊先は、いつもの梅乃屋さん。一年に一回くらい、同じ温泉場に行って、ココロとカラダのメンテナンスというのも、この年になると「大あり」です。

何しろ、下部には、観光用施設は何にもないのです。ひたすら、ぬるめの温泉に入って、鳥の声を聞きながらぼーっと過ごす。最大の観光資源は山の緑?
下部1 下部2
 
3年連続とあって、健脚お散歩コースの時間配分も見事に決まりました。湯の奥の集落までは、私たちの足では片道たっぷり1時間以上かかる行程です。いつ降り出してもおかしくないような空模様。でも、日頃の心がけの良さのたまものか、雨が降り出す前に、宿に戻ることができました。往復で1万5千歩弱。メタボ予備軍は、万歩計を持って歩くのです。

湯の奥は、山奥の小さな集落です。でも、重要文化財に指定されている「門西家」あり、私が勝手に「パっくんおおかみとおばけたち」の舞台と決めた湯の奥山神社あり、行かずに済ませるのは何となく惜しい気がします。こんな山奥に茶畑が・・・と驚きましたが、考えてみれば、山をひとつ越えれば静岡なのです。お茶栽培の文化圏でも不思議はありません。
下部7

これまで下部に来たのは、連休の頃でした。3週間ほど遅い今年、もしかしたらホタルの時期?とかすかな期待をしていたのですが、やはりまだ早すぎました。代わりに、子ツバメと野生のお猿さんには遭遇しましたが・・・
下部6

見かけたお猿さんたちは、3匹。トロトロとカメラを取り出している間に、道路を横切って木の陰に隠れてしまいました。見つけてごらん、とばかりに、枝を揺すって音をたてていましたが、姿を見ることはできませんでした。

忙しい中、金曜日に休暇を取ってしまったので、明日からはせっせと働かねばなりません。
頑張れ、私・・・

2008/05/25 23:55 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

時代

めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって歩き出すよ
 

中島みゆきさんの名曲、「時代」の一節です。引用した部分、全共闘への挽歌だとか応援歌だとか言われたものですが・・・先週、清水邦夫さんが1980年頃書いたお芝居の再演を見ていて、この歌を思い出しました。

わが魂は輝く水なり-源平北越流誌@シアターコクーン
作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄 出演:野村萬斎/尾上菊之助/秋山菜津子/大石継太/ 長谷川博己/坂東亀三郎/廣田高志/邑野みあ/二反田雅澄/大富士/川岡大次郎/神保共子/津嘉山正種



昔々、現代人劇場という劇団がありました。座付作者が清水邦夫さん。まだ演出家になりたての蜷川さんは大胆な演出で注目を集めていましたが、それは清水さんの優れた戯曲があったからこそできたことでもありました。

考えてみると、蜷川さんは劇作者を選んできた人です。誰のものでも何でも演出します、というタイプの人ではありません。清水邦夫、秋元松代、井上ひさし、寺山修司、シェークスピア、ギリシア悲劇・・・ほら、大体こんなところじゃないでしょうか。とりわけ清水邦夫さんとは、蜜月も離別もありました。でも、ある程度の年になると、同志としか言えない間柄。

この芝居は、清水さんが正統派新劇の劇団である民芸のために書き下ろし、宇野重吉さんの演出で初演されたものです。今回萬斎さんが演じた斎藤実盛の役も、宇野重吉さん。五郎が伊藤孝雄さん、巴が奈良岡朋子さんって…一見の価値のある配役ですね。

これは、源平の戦いの時代、木曽義仲軍に勢いのあったころを題材にしているのですが、明らかに70年代の連合赤軍が下敷きになっています。こういう尖がった時代のお芝居を、今再演する理由は何なのか、と一緒に見に行った友人が首をひねっていました。ひとりひとりがバラバラで妙に悟り済ましたようなところがあって、集団としての目標や熱気が失せてしまった今だからこそ、蜷川さんは再演する意味を見出したのかもしれません。

実盛の「美しい森の国」の幻想にふさわしく、舞台は美しいものでした。何にもまして清水邦夫さんの台詞が美しい。萬斎さんは口跡も良く堂々たる役者ぶり。菊之助、亀三郎の二人の歌舞伎役者には華があり、巴を演じた秋山菜津子さんからは激しさの裏に秘めた悲しみが透けて見えるようで・・・

ただ、蜷川さんの得意とした、猥雑な民衆のエネルギーの発露が、どこかへ行ってしまったように思えたのはなぜでしょう。照明も装置も美しい舞台が、エネルギーを結晶させその中に閉じ込めてしまったようです。

じっとしていても時代は回らない。そうね、わかってますってば。
さて、われら団塊の世代、生まれ変わってもうひと旗揚げる時は来るのでしょうか。

2008/05/20 23:55 | 舞台COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

正しい日本語

時々怪しいこともありますが、テレビ・ラジオのアナウンサーは一応「標準語」アクセント・イントネーションで話ができる人ということになっています。番組のナレーションにしても、基本的には「標準語」。誰もが「標準語」に慣れているから、日本全国どこへ行っても、言葉が通じなくて困ることはないですよね。もちろん、「あれれっ」と思うこともありますし、最近では、バラエティ番組を席巻する関西の芸人さんたちの言葉から「標準関西弁」も、生まれつつあるらしい・・・

言葉はイキモノですから、正しいとか正しくないとか、そういう判断基準は必要ないのかもしれません。が・・・

井上ひさし 「國語元年」 (中公文庫)

明治維新後、寄せ集めの中央政府の役人たちは、出身地が違うとお互いに話が通じず、何かと不便をかこっていましたとさ。それで、明治7年、文部省は全国民が互いに意思の疎通ができ「日新開化」の実を上げるために、会話(コトバヅカヒ)教科を新設することにしたそうな。そういう時代のお話です。

登場人物の言葉: 薩摩弁、長州弁、津軽弁、遠野弁、米沢弁、会津弁、江戸下町弁、江戸山の手弁、名古屋弁、似非京都弁・・・これだけの言葉が、主人公の文部官僚の家で使われています。台詞は概ね普通の言葉で書かれているのですが、それに、話し手の方言でルビが振ってあります。

主人公の南郷清之輔は、「全国統一話言葉」の制定を命じられ、家中の観察から始めます。まず気付いたのは発音の混同・・・「イ」と「エ」とか、「シ」と「ヒ」とか・・・から、起きる混乱。それで、五十音をはっきりと同じように発音すれば、問題は解決すると考えます。ところが、いくら発音を同じにしても、さまざまな名称や表現自体が違うことが明らかになり、発音練習は頓挫。どこか適当な土地のお国訛りを選んで、それを土台にするしかないと思い至ります。そこからは、各人が自分のお国訛りを土台にせよと清之輔に迫って、大混乱。

とまあ、こんなテレビドラマです。実に面白い。残念ながら、私はこれまでの生活範囲が東京を北限(東限?)としているため、ルビをたどっても東北の方言の細かな差異はわかりません。ぜひ、これらのセリフが語られているところを見たい、聞きたいのですが、NHKは再放送してくれませんかねぇ。

誰の努力によるものかはいざ知らず、結局、私たちが「標準語」として使っているのは、江戸山の手言葉が土台になっています。しかし、ラジオやテレビのない時代、音韻の統一を図るというのは、さぞや難しかったことだろうと思います。誰もが皆、自分の発音が「正しい」と信じているのですから。

中公文庫に収録されているのは、テレビ版シナリオだそうです。その後、戯曲に書き換えられて今でも上演されているとのこと。ラジオドラマでも面白そう。登場人物と出身地が同じ役者さんたちで、正調お国訛りでやっていただけませんかねぇ、NHKさん。いかがでしょう?


2008/05/17 14:11 | COMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

ボートで暮らす

ワタクシ、毎日、川を見て暮らしております。
(本当は海がいいんですけど、それは言いっこなしということで。)
夏になると、ジェットボートや水上スキーを楽しむ人たちが、川下のほうから上がってきます。私にとっての初夏から秋の風物詩。

しばらく夢の島アリーナに繋留したヨットで暮らしていた友人がいますが、私が眺める川岸には繋留されたボートもなく、暮らす人も・・・いません。

堀江敏幸 「河岸忘日抄」 (新潮文庫)
作者の分身と思しき「彼」は、知り合いの老人から「ぜんぶ好きに使ってくれたまえ」といわれた船を借りて、異国暮らしをしています。河岸に繋がれた船。なんとなく、場所はパリの近郊のように思えますが、定かではありません。「彼」の職業も、異国暮らしをするにいたった理由も、すべて曖昧模糊としたままです。そこをねぐらに、「彼」は「枕木さん」からのファックスを受け取り、郵便配達人とコーヒーを飲み、大家を訪ね・・・船にあった本を読み、レコードを聴いて暮らしています。いわば、隠棲生活。何もかもが曖昧ななかで、食に対するこだわりが、「彼」の生活にリアリティを与えています。

繰り返し登場する『K』の物語がいい。少年のころ「K」という怪物を見たステファノは、「K」から逃れるために一生を費やします。老いを自覚したステファノが、逃げるのをやめ「K」と対峙した時、「K」は、「追いかけてきたのは食うためではなく、海の王からのあずかりものを渡すためだった」と告げるのです。

Kはながい舌をだして、それを持つ者に富と力と愛と心の平和を与えるとつたえられてきた、大きな真珠を差し出す。なんということだ、とステファノは嘆く。つまらない勘ちがいからおのれの人生とKの一生をだいなしにしてしまった。Kは暗黒の海に消え、二度と姿を現さなかった。二ヵ月の後、大波にはこばれて、小さなボートが暗礁に乗り上げた。漁師がそれに気づいて近寄ってみると、なかに白骨死体が座っていて、指骨のあいだに丸い石が握られていた。


この挿話は、「彼」の隠棲生活の間中、いつも彼の思索の中心にありました。さて、狙い定めた人を必ず破滅させたという伝説を持つ「K」という名の鮫は、いったい何のアナロジーなのでしょうね。その上、大家の言葉はアイロニーと示唆に富んでいるし、郵便配達夫や枕木さんの考えもとても深い。

でも、私は、読みながらあれこれ考えるのを止めていました。「彼」が考えることをそのまま受け取り、「彼」の考えがどこかへたゆたっていくのならばそのままにたゆたい、そういう風にして1週間、私も「彼」の船で暮らしました。つまり、そんな風にこの物語と付き合ったというわけです。とても静かで有意義な1週間。

ゴールデンウィーク明けのお天気は不順だし、体調は悪いし・・・でも、おかげで、私の心には嵐は起きなかったような気がします。


タグ : 堀江敏幸

2008/05/12 23:32 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

新緑に誘われて

連休最後の6日、お天気と新緑に誘われて市内を歩きました。

まずは、いつものお散歩コースです。目指すは真間の弘法寺。わずか1か月で、境内は桜の頃とはすっかり様変わりしていました。この時期、若葉はぐんぐんと伸び、日ごとに濃さを増しています。境内には大木が多いので、緑のカーテンがかかっているような心もち・・・本当に、目に青葉!
弘法寺 弘法寺鐘楼

駅の方角を眺めると、鉄骨不足で問題になった高層マンションが・・・
眺望

そのあと、芳澤ガーデンギャラリーへ足を伸ばしました。このお天気ならお庭がきれいだろうとの読みが当たり、藤につつじにエニシダに、何種類もの花が緑の庭園のアクセントになっていました。
芳澤ガーデンギャラリー エニシダ

万歩計をつけて、ただただ歩いただけでしたけれど、連休の終わりにちょっぴり健康的な気分になれたのが、何となく嬉しい。


2008/05/07 23:51 | 雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

新世界の先にあるもの

ノリコさん

お天気が今一つで、あまり心が弾みませんが・・・ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか? 

さて、こないだお話した、ヒマラヤに風力発電用の風車を作った家族の後日談です。

池澤夏樹 「光の指で触れよ」 (中央公論新社)

何年か経って、あの時アユミさんのおなかの中にいた赤ちゃん、可南子ちゃん、通称キノコちゃんは、5歳になっています。森介クンは、全寮制の高校へ行き、家族の形が変わり始めました。そこへ降ってわいた林太郎さんの恋。傷ついたアユミさんは、キノコちゃんを連れて、アムステルダムに住む友人のところへ行ってしまいます。

その後、アユミさんはヨーロッパでいくつかのコミュニティで暮らし、畑仕事をするようになります。究極のエコ生活というか、自給自足を原則にしたコミュニティ。一方、日本に残された林太郎さんのほうも、風力発電のエンジニアとしての限界を感じ、ついには会社を辞めて農業を志すのです。林太郎さんが心を惹かれた農業は、パーマカルチャーというものです。外から余分なものを入れないで、畑から得たものは畑に返して、その中だけでやっていくというやり方。土地を細かく分けて、いろいろな作物を組み合わせ、植物同士が助け合うような、そんな環境を作っていくというものだそうです。こちらも、自給自足的発想です。このあたり、さすが前作で環境問題を論じ合ってきたカップルならでは、ということかもしれません。

農業が触媒の役目を果して、アユミさんと林太郎さんは、また家族として暮らすことになりました。今の世の中は、情報が動くと人もお金も動く。そして、生産とはかけ離れたところでお金を稼ぐことを、なんだかとても価値のあることのように思い込んでいる人がどんどん増えてきているように思います。でもね、バーチャルな世界で遊んでも、PCで株を売り買いして巨額の富を得ても、人間が生きていくために一番大切なのは、食物です。食べずには生きられない。だから、アユミさんたちがビジネスとしての農業でなく、ある意味前近代的な農法にこだわって、それを基に生活を築いていこうとするのは、現代社会へのアンチテーゼでもあります。

この小説では、息子の森介くんの存在がとても大切なのですが、森介くんとガールフレンドの明日子さんは、「目覚めた」親世代の希望を体現した存在として描かれているように思いました。若いって、いいことですね。それだけで意味がある。

ギョーザ事件以降、食の安全が脅かされたとマスコミは騒いでいます。でも、食を、生活ではなくコマーシャルな活動の中に組み込んでしまった、つまり金儲けの対象にしてしまったのが私たち自身であることは、確かです。信頼を取り戻す必要がある、と、これまたマスコミは書きますけれど、そのためには、私たちが消費者ではなく生産者になる覚悟が必要なのだと思います。たとえものごとが常に進歩し前進していくものだとしても、立ち止まって後戻りする勇気が必要だということですね。

「年寄りに一番いいのは農業よ」と、ノリコさんはさらりと言っておられましたけれど、その言葉には、その時私が受け止めた以上に、深い意味があるような気がしてきました。やっぱり、ヒマラヤに行くと考え方が変わるのでしょうか・・・

ではまた、ご連絡いたします。

タグ : 池澤夏樹

2008/05/04 23:56 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

不思議の国のフジコさん

すっかり初夏というか夏の陽気。まだゴールデンウィークだというのに、お天気は季節を先取りしているみたい。あんまりいいことじゃありませんけれど。

昨日、めずらしくピアノのコンサートに行ってきました。

イングリット・フジコ・ヘミング ソロ コンサート @江戸川区総合文化センター

初めて聞くフジコさんのピアノは、何とも不思議な演奏でした。お衣装も、ね。

まずスカルラッティ作曲のソナタ2曲(って、偉そうに言っていますが、初めて聴いた曲)。フジコさん、おそらく好調とは言いがたく、私のような素人にも分かるミスタッチやリズムの乱れが気になり、ちょっとハラハラしながらの幕開けでした。ところが、次のショパンになると、格段にいいのです。元気でお茶目なショパン。ご本人も、乗ってきたらしく、第2部では、プログラムにはなかったベートーベンのテンペストを弾き、そのあとがお得意のリスト。もちろんラ・カンパネッラも。
アンコールには、ショパンのノクターンにブラームスのハンガリー舞曲と、お腹いっぱいになるくらい、盛り沢山の演目を聴かせていただきました。

リストを聴き、ブラームスを聴き…彼女の荒ぶる魂を感じたような・・・
フジコさんは、弾きたいように弾く。曲の解釈がどうとか、そんなことは関係ない。元祖のだめちゃん(?)
お行儀がいいだけの演奏より、どれだけ音を楽しめることか。音楽はPassionだ!なんてね。

ああこの人は、日本では生きられない人だったんだ、と思ったりしながら、彼女の音…エキセントリックというか、なんというか…を聴いていました。枠にはまらない、はまれない。そういう人には暮らしにくい社会ですからね、この国は。

昨日の演奏会は、弟の俳優大月ウルフさんの企画だったらしく、礼服にシルクハットといういでたちの容貌魁偉なウルフさんが、お知り合いやファンの方とロビーで賑やかに交流しておられました。マイクもないのに、演奏会場でもスピーチしておられたし、まさに手作りのコンサートでした。フジコさんが段々にリラックスした演奏を聞かせてくれたのも、そんな会場の雰囲気が作用したのかもしれません。

2008/05/01 23:59 | 音楽COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

 | BLOG TOP |