藤原伊織さん、まとめ読み

ワタクシ、別にAmazonの回し者ではないのですが、まとめ買いをする時はAmazonを利用することが増えました。最近ポイントもつきますし・・・
今年の5月に逝去された藤原伊織さんの最後の3冊をAmazonでまとめて入手、まとめて読みました。

出版順に示すと以下のようになります。
2007年1月15日 第一刷発行  ダナエ」 (文藝春秋) 
2007年7月25日 第一刷発行  遊戯」 (講談社)
2007年9月30日 第一刷発行  名残り火 てのひらの闇II」 (文藝春秋)

ダナエは中編3作を収録。まず「ダナエ」。閉展前日の夕刻、出展作の中でも屈指の作品である肖像画が、何者かに硫酸をかけられ、ナイフで切り裂かれた・・・まるで、かつてエルミタージュ美術館で「ダナエ」の絵に起きた事件を思わせるように。その謎解きの過程で、画家の宇佐美の過去があらわになって行きます。次の「まぼろしの虹」は、ある家族の崩壊と、その原因となった男の奇妙な「家庭」の物語。最後の「水母」は、落ち目のクリエーターが、昔の恋人のために一肌脱ぐお話。どれも、とてもいい作品です。

遊戯は、完結しなかった連作「遊戯」「帰路」「侵入」「陽光」「回流」に加えて、「オルゴール」とい中編をおさめた作品集です。「遊戯」の連作は、もちろん一話づつは完結しているのですが、それがどのような大団円に向かうことになっていたのでしょう。警察官の娘、外交官だった父親の拳銃を隠し持つ息子、自転車に乗った怪しい男・・・ぽんと投げ出されたままの謎は、もう誰にも解けません。

名残り火は、加筆・改稿作業が途中まで終わっていたとのこと。「てのひらの闇」の続編です。38章中の8章までだとのことですから、全体の5分の1強。闘病生活の中でも、気力は奪われてはおらず、また筆の乱れも感じません。ただ、全体の加筆・改稿が終わっていたら、三上氏となみちゃん、堀江と元部下の大原の2組のカップルのエピソードが、もう少し膨らんでいたような気がします。堀江の友人である柿島とその妻の悲劇は、照柿の色?

イオリンさんの小説には、作者の強い思い入れが感じられるような人物が、何人か登場します。
テロリストのパラソル」のアル中のバーテンダー島村こと菊池とインテリやくざの浅井、彼らのその後は、「シリウスの道」にちらりと出てきます。そして、「てのひらの闇」の堀江。彼らの落とし前はきっちりつけてから、イオリンさんは去られたのですね。

シリウスの道」の主人公辰村も、あと一度や二度は登場してほしいキャラクターでした。
そういう意味では、「遊戯」のような連作は、新しい試みだったのに・・・

この3冊の書籍に収められた小説には、親と子に触れたものがいくつかあります。「ダナエ」「まぼろしの虹」なんかその好例。視点は違いますが「オルゴール」も。この系列のものは、イオリンさんが亡くなってしまった今となっては、なんとも切ないこと!

ご冥福を祈りつつ、私はこれからも折に触れ、イオリンさんの作品を読みかえしていくことでしょう。

2007/10/30 00:34 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

当たり前のことを言う

インターネットは、不思議な道具です。誰でもが、ブログのような情報発信手段・意見公開手段を容易に持つことが出来る。それは素晴らしいことなのだけれど、闇サイトだのブログ炎上だの、ネット絡みのニュースで、うんざりさせられることもあります。(もちろん、私の書いているようなブログは、炎上するほど多くの人に読まれているわけじゃありませんが。)

池澤夏樹 「虹の彼方に 池澤夏樹の同時代コラム」 (講談社)

池澤さんは、私が(勝手に)深く信頼している作家です。現代の日本の知識人(と言っていいのか)の中で、特に政治的な発言をしてきたわけではありません。が、氏が2000年から2006年にかけて月刊『現代』の巻頭コラムとして書いた文章を中心に編んだこの本は、ある立場の人たちから見れば、危険な政治的発言と取られるような内容を多く含んでいます。

まえがき、で池澤氏はこう述べています。
 
その頃ぼくは沖縄に住んでいて、政治的話題は周囲に満ちていた。政治に無縁で暮らせるのはある意味で幸福なことであるけれども、沖縄の人々はその幸福を奪われていた。そういうことを書いているうちに9.11がきた。日本は暴走するアメリカの後を追い、やがて僕は偶然きっかけを得て開戦前夜のイラクに行った。
 Somewhere over the rainbow, skies are blue ・・・ 虹の彼方には青い空があるけれど、僕たちの周囲には強風が吹き荒れている。その風に翻弄されながら、自分の考えという杭に何とかしがみついて書いたのがこれらのコラムである。この数年間の世界と日本の激動を思い出しながら読んでいただきたい。
 

自分は政治的な人間だとは思わない、という池澤氏ですが、その通り、「自分の考えという杭にしがみついて書いた」さまざまな事象や意見は、一市民としてごく当たり前の感じ方・考え方であり、意見の表明であると、私には思えます。

ただ、誰もがインターネットを使うようになって以来、当たり前のことを当たり前に発言するのが、かえって難しくなったという側面も無視するわけにはいきません。時代の閉塞感もあってか、人は電脳空間の匿名性の壁の後ろで、やたらと短絡的になり、攻撃的になり、極端な意見を好むようになっているような気がします。政治の世界が特に危うい。ポピュリズムはファシズムと紙一重。

そんな時代に、この本を上梓すること自体、じつは、とても勇気が要ることだったのではないでしょうか。ネットじゃないから、炎上しないって?たしかに、こういう本はベストセラーにはなり得ません。だから大丈夫?

いえ、そういうことではないのです。

ジャーナリズムから第四の権力たるべき矜持が失われた今、問われているのは、私たち一人一人の意識であり、社会とのかかわり方だと思うのです。
私たちは、当たり前のことをきちんと発言していくべきなのだ。ネットという道具を手にした今こそ、その時なのだ。そんな風に考えてみたりして・・・


2007/10/24 23:15 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

ヨコハマ、横浜

横須賀線と総武線快速の乗り入れが始まってから、意外に近い横浜。ところが、心理的な距離は別物らしく、年に一回、ドラゴンボートの日には行きますけれど、それ以外では行くことのない街です。昨日、みなとみらいのコンサートに誘われ、久しぶりに横浜へ。

中華街で待ち合わせて食事を、という計画だったのですが、家を出るのが遅れてしまったこともあって、時間は変えず、場所を横浜駅に変更しました。行くたびに、横浜駅周辺の変貌振りには驚かされます。東口へ出て、Bay Quarterとやらを覘き、みなとみらい21(MM21)まで歩きました。気持ちのいい秋晴れ。あら、こんなところに日産自動車が本社ビルを建築中、あ、道の向こうにはFマリノスのクラブハウス(マリノスタウンというらしい)もある、と気分はすっかり観光客です。 (亀ちゃんがドラマ「たった一つの恋」のロケをしていたのはどのあたりだったのか・・・ちょうど1年になるのですが。)

このところMM21は、高層マンションの建築ラッシュのようです。棟と棟の間の距離が、意外に狭くて、眺望を楽しめない住戸もあるのではないかと、他人ごとながら心配になりました。だって、結構なお値段でしょ?

さて、コンサートは、日本フィルの定期演奏会。指揮は、現田茂夫さん(若い方でした)、ゲストはギターの村治佳織サンで、ロドリゴのアランフェス協奏曲が演目に入っていました。まぁ、それが目当てで、友人の誘いに乗ったのですが。

村治サン、とっても綺麗な方でしたが、私の思っていたアランフェスとのかなりイメージの違いに戸惑いました。洗練され、サロンで聞く音楽のよう。そういうアランフェスがお好きな方もいらっしゃるのでしょうが、私は違うと思いつつ聞いていました。良し悪しではなく、好き嫌いのハナシです。
オケは、若い。よく言えば、伸びやかな音。悪く言えば、抑制に欠ける音。団員の顔ぶれを拝見するに、かなりのベテランと思われるお年の方もいらっしゃいましたから、これは、指揮者の若さか・・・

会場のみなとみらいホールは、ちょっと小振りのサントリーホールと言った趣。横浜にはぴったりのサイズかもしれません。

2007/10/21 23:03 | 雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

贈る言葉

相変わらずの秋の花粉症に加えて、脚も痛みはじめてしまいました。2年前の夏の骨折以降、どこかにひずみが出ているようで、どうやら坐骨神経痛?きちんと本が読めません。まれに見る、活動低調期。

柴田翔 「贈る言葉」 (新潮文庫)

柴田翔は青春のバイブルでした」という小池真理子さんの惹句付きで、まぁ懐かしい本が再版になっていました。
「十年の後」「贈る言葉」の中編二本立て!奥付をみると、文庫の初版は昭和46年5月25日となっています。70年安保が終わり、わが母校では学費値上げ阻止闘争などあった頃です。60年安保世代の柴田さんが、小説デビューしたのは69年でした。まさに「10年の後」の70年安保の日々のなかで、これらの小説が書かれたということになります。「されど われらが日々---」に描かれた日々から10年後。私たちの世代も似たような葛藤を抱えて傷つけたり傷ついたり・・・同じように、不器用でひたむきな青春時代でした。

不器用でひたむきで・・・という青春は、今の時代には似合いません。なのに、この手の本が再版になるのは、なぜでしょう?ベテラン編集者さんたちが引退前に、次の世代にも読み継いでもらいたい本を、せっせと出しておられるのでしょうか?あるいは、若い編集者さんたちが、これまではビジネス書中心の読書しかしなかった団塊の世代が、社会の第一線から退き始めて時間が出来たら、きっとこういう懐かしい本を読みたがると踏んでのことでしょうか?

後者の理由なんだろうなぁ。ずいぶんいろんな本が大きな活字で、再版(といっていいのか)になっていますから。

昔の文庫本は本当に字が小さかった。だから、活字が大きくくっきりしていて、読みやすいのは助かります。でもね、その気になれば、虫眼鏡を使って読むことだって出来るのです。絶版になってしまった「また読みたい本」の多さを考えるとき、売れる本ではなく、いい本を出してほしいと、つくづく思います。

2007/10/19 23:53 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

20年!

結成20年だとのことで、今年はいつになく活動的なSpitz。なんだかはっきりしない空模様の土曜日の朝、新聞を読み終えた後、猫と一緒に最新アルバムを聞きました。その後ずっと、繰り返し聞いています。

さざなみCDさざなみCD
(2007/10/10)
スピッツ、 他

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今回のアルバム、冒頭の「僕のギター」から、ぐるりと一回りして最後の「砂漠の花」で、輪が閉じました。目ににじんできた涙とともに、です。

青春のSpitz。彼らの初期の作品を聞いていると、どうしようもない焦燥感にとらわれることがあります。時間は取り戻すことが出来ないという残酷な現実を突きつけられるようで。だって、私、若くないんだもん。

若い方は違った感想を持たれるのかもしれませんが、「さざなみ」は私のような世代にはとてもcomfortableなアルバムだと言う気がします。青春のSpitzも、円熟へ向かおうとしているのか・・・そうねぇ、彼らも不惑を迎えたわけですから、当たり前と言えば当たり前。ソングライターとしての草野正宗も、ヴォーカリストとしての草野マサムネも、そろそろ大人の歌を作り、歌わなくてはね。方向性は見えたような気がしますけれど。


2007/10/13 12:17 | 音楽COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

イギリス?英国?

きんもくせいが甘く香っています。どこからかは分からないけれど、香りをしっかり届けることで、きんもくせいは自分の存在を知らしめている。そんな気がします。

・・・秋ですね。

このところ、イギリス的(英国的?)なもののお勉強中。

小野寺健 「イギリス的人生」 (ちくま文庫)

著者の小野寺氏は、私にはドラブルの「碾臼」や、ブルックナーの作品の翻訳者として馴染みの深い方です。(私の方が一方的に知っているだけですが。)

イギリス人の国民性を考察しつつ、ロレンス、オーウェル、フォースター、ドラブルをはじめとする、20世紀のイギリス小説を語った本です。ここかしこに、作者のイギリスに対する思い入れが強く感じられます。その「愛」を感じながら、取り上げられた作家たちへの理解を深めるといった趣。


吉田健一 「英国の文学」 (岩波文庫)

初出は、1949年という古い本。この岩波文庫は、1994年に第1刷が出版されています。著者のデビュー作だとのこと。60年近く前に書かれた評論(その後、1963年に全面改訂)ですが、瑞々しさを失っていません。著者の英国の文学に向き合う姿勢が、作り物ではないからだと言う気がします。

チョーサーから20世紀初頭のフォスターにいたるおよそ500年に現れた作家とその作品が取り上げられていますが、まず冒頭に置かれたのが、「英国と英国人」という一章。英国は、「世界で最も醜くて住み難い国の一つ」であると同時に「3月の末から6月の半ばに掛けて英国の自然の美しさが増していく有様は、それを見ても直ぐには信じることが出来ない」ほどだと、著者は述べています。そして、「人種として美しくもあり、醜くもある」英国人がつくりだしたのが英国の文学である、と。名著だと思います。

吉田さんは、詩がお好きだったのでしょうか。それとも、詩こそが文学の魂を宿すものだと思っておられたのでしょうか。たくさんの詩が引用されています。「十二夜」の冒頭の、オルシーノ公の美しい台詞も。

引用された詩を、イギリス人の俳優さんが朗読するのを聞いてみたい。そして、吉田さんの翻訳を、あぁ、岸田今日子さんの声で聞いてみたかった。

2007/10/09 23:43 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

不定愁訴とシェークスピア

10月になったとたんに、すっかり秋らしくなりました。なにより日の暮れる時間が早くなりました。夕方6時には窓の外が暗くなります。釣瓶落としの秋の陽は、一気に加速度がついていきそう。

このところの激しい気温の変動には、カラダがついていけません。それに、どうも秋の花粉症らしく、喉がイガイガ、目は痒い。秋は、喘息っぽくなるけれど、そんなに鼻水はひどくないなぁと、今、気がつきました。不定愁訴の典型のような体調。

調子の悪いときには無理をしない、と言う鉄則(?)を守って、ブログの更新もせず、本もあんまり読まず、お気に入りの映画のDVDばかり見ているのですが・・・

ジョン・マッデン監督 「恋に落ちたシェークスピア」 (DVD)

これは、何度見ても、よく出来た映画だなぁ、と思ってしまいます。ジョゼフ・ファインズの顔はあんまり好きじゃないし、グウィネス・パルトロウもちょっと現代的にすぎるよねぇ、とは思うのですが、シェークスピアとヴァイオラの恋と、劇中劇の「ロミオとジュリエット」が交錯して進んでいくテンポのよい展開に、息つく暇もありません。

名優たちの競演も楽しめます。ヴァイオラの結婚相手ウェセックス伯を演じたコリン・ファースは、体重を増やしてこの役に臨んだのでしょうか・・・小屋主のペンズロー役はジェフリー・ラッシュ。「パイレーツ・オブ・カリビアン」でキャプテン・バルボッサを演じている役者さんです。ベン・アフレックも、ルーパート・エヴェレットも、そしてジュディ・デンチも、みんな堂々と、そして楽しげにそれぞれの役を演じています。

トレバー・ナン監督 「十二夜」 (DVD)

「恋に落ちたシェークスピア」で、ヴァイオラが去った後、シェークスピアが書き始めたのが「十二夜」という設定になっていたので、やっぱり次はこれでしょう、というわけ。双子の妹が男装をしている、という設定は、当時女性の役は男優が演じていたことを考えると、虚構が二段構えになっているという構成の妙があり、台詞は美しく・・・非常に洗練されたコメディだと言えます。

脚本・監督のトレバー・ナンは、最年少でロイヤル・シェークスピア・カンパニーの芸術監督になった演出家です。厚みのある映像化。コーンウォールのセント・マイケルズ・マウントあたりでロケをしていることに、今回初めて気がつきました。何といっても、見てきたばかりの所ですからね、ちょっとうれしかったりして。

ケネス・ブラナーの監督作品と比べると、やり過ぎたところがなく、安定感のある仕上がりです。この映画も好きなんですよね。

さて、はやく秋晴れが戻って、不定愁訴も解消されるといいのですが・・・

2007/10/08 23:56 | 映画COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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