薮原検校

今年も、天候不順で冷夏になるのでしょうか。それとも猛暑?
なかなか、さわやかな初夏を味わうことのできない今日この頃ですが、まぁ、お芝居くらいは見ておいて損はない。またシアターコクーンです。会社も渋谷ですから、近くて便利。チケットが取れれば、の話ですけれど。

井上ひさし作、蜷川幸雄演出 「薮原検校」 @シアターコクーン

作:井上ひさし 演出:蜷川幸雄 音楽:宇崎竜童  出演:古田新太 / 田中裕子 / 段田安則 / 六平直政 / 梅沢昌代 / 山本龍二 / 神保共子 / 松田洋治 / 景山仁美 / 壤 晴彦 ギター演奏:赤崎郁洋


13歳で女を知り、師匠の女房に手を出し、師匠殺しをはじめとする数々の悪行を重ね、ついに27歳(28歳?)で刑死するまでの、二代目薮原検校こと杉の市の一代記、というお話ですが、休憩を挟んで約3時間の上演時間に費やされる言葉の量が半端じゃありません。舞台上手に座りっぱなしで進行役を勤める盲太夫の語り、また杉の市やその師匠琴の市の「早物語」や「浄瑠璃」は、いったい台本何ページ分あるのだろうと思わされるほどの長口舌。それに、主役の杉の市を演じる古田新太と盲太夫役の壤 晴彦を除き、すべての出演者が複数の役柄を演じます。でも、演技力には定評のある役者さんたちを集めたこの芝居、観ているほうが気恥ずかしくなるようなことは、一回もありませんでした。お見事。

江戸時代、盲人は「当道座」という、晴眼者とは全く別の社会組織を形作っていたのだそうです。検校、別当、勾当、座頭の4つの官位があり、それがさらに十六階七十三刻と呼ばれる階級に細分化されていました。そんな座があったとは、驚きです。盲人の生業としては、音曲、鍼灸、揉み治療などがありましたが、実は、彼らの主たるビジネスは金貸しだったとか。地獄の沙汰ではないけれど、階級もすべて金次第。晴眼者に伍して生きていくために、盲人が拝金主義に走ったとしても、仕方がなかったのかもしれません。

生き抜いていくためには、殺人だろうと何であろうと、良心の呵責を感じずにやってしまう杉の市と、学問を修め知性を高めることでこそ晴眼者と対等の立場に立てるという塙保己一が、対照的に描かれています。おっ、歴史でお勉強した「群書類従」の編者塙保己一。でも、彼もやはり検校の位についていました。お金を出さなければ上の階級にはのぼれなかったのですから、理想主義者の保己一もお金でその位を買っていたことになります。理想と現実は違うのですね。

井上ひさしさんの戯曲、なぜかこれまでなぜか避けてきましたが、もったいないことをしてきたような気がします。読んでみようかな。また、探し物が増えました。

2007/05/28 07:37 | 舞台COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

きみのためのバラ

なぜ、日々の過ぎ去るのはかくも速いのか。歳をとってきたせいでしょうかねぇ。ゴールデンウィークも、はるかかなた。気がつけば、5月も半ば過ぎじゃございませんか。変わりばえのしない生活が続くと、花を買いたくなるみたいです。花屋をのぞく回数が増えています。でも、結局買わずに帰ってくるんですが。

池澤夏樹 「きみのためのバラ」 (新潮社)

久しぶりの短編集です。短編好きの私には嬉しい。

池澤さんは、今、フランスにお住まいです。その前は沖縄。もっとずっと前にはギリシア。旅人でもない、だけど、定住者でもない。なんだか、父の転勤で引越しを繰り返した子供時代を思い出します。親の転勤というのは、子供にとってどうしようもなく理不尽な外圧であったわけです。しかし、池澤さんの場合は、自分と世界とのかかわり方の中で、自らの意志で、その時の自分の身を置く場所を選ぶことができるという大人の特権を行使しているように見えます。ただし、その特権を活用するには、勇気が必要。

さて、そのようにして、自分の暮らす場所を変えている池澤さんが、どれほど人との出会いを大切にしているかを示す物語が8篇集められたのが、この「きみのためのバラ」というわけです。

たとえば、冒頭に置かれた「都市生活」。主人公は、係や担当者相手のマニュアル的なやり取りでない「会話がほしいのだと」気づきます。会話がほしい=人と解りあいたい、というのが、すべての作品の後ろに、低く流れているBGMとでもいったところでしょうか。
旅先で出会った父と娘を描いた「ヘルシンキ」。ロシアと日本に別れて暮らし、いずれは言葉も通じなくなってしまうであろう娘に対する父親の気持ちは切ない。

須賀敦子さんの全集を読む合間にちょこちょこと読んでしまったので、もう一度、池澤さんの言葉を味わいながらゆっくり読んでみようと思っています。

2007/05/23 06:39 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

合掌

長いお付き合いの会社の創立20周年パーティーに出席したら、偶然お会いした方と、同じお店で洋服を買っているという思いもよらぬ共通点を発見してローカルに盛り上がり、るんるんと帰ってきました。新聞を開いて、愕然。悲しいニュースを目にしました。

かねてから食道癌であることを公表し、闘病をつづけていた作家の藤原伊織さんが、59歳で他界されました。

イオリンの小説が好きで、何度も何度も、繰り返し読んでいる私です。もう新しい作品を目にすることができないのだと思うと、無性に悲しい。

電通でサラリーマン生活を送り、営業畑が長かったイオリン。30代の頃は、残業が月に150時間を越えるような激務の中で、毎日ウィスキーを3本空けるほどの酒豪ぶりだったとか。無頼というコトバが本当によく似合うイオリンの作品の主人公たちとその創り主との関係は、しかし、それなりに幸せなものであったと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

2007/05/18 01:10 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

ポツリポツリと読む本は

須賀敦子さんの文庫全集を1冊づつ持ち歩きながら、ポツリポツリと読んでいます。このところ、PCを使いすぎているらしく、とても目が疲れているので、スピードは上がりません。だって、パワーポイントのアニメーション、面白いんだもん。え〜と、仕事で必要な資料を作っているのでして、遊んでいるわけじゃぁありませんことよ。

で、須賀敦子さん→他の人→須賀敦子さん→雑誌→須賀敦子さん、という順番で、文(ふみ)読む日々。

志水辰夫 「行きずりの街」 (新潮文庫)

最近、とみに謳い文句に弱くなりました。通販の健康器具が家の中にあふれるのも時間の問題か・・・。これも、「ミステリー史に参禅と輝く大傑作!1991年度『このミステリーがすごい!』第一位」にやられました。

かつて、教え子との恋愛が学園のスキャンダルとなり、せっかく結婚という形で実ったその恋に破れて、ふるさとに帰った主人公。十年以上の月日が過ぎて、塾の教え子の失踪事件を追ううちに、昔の自分のスキャンダルが、巧妙に仕組まれた罠だったことを知り・・・という感じのお話です。

シミタツさん、初めて読みました。ハードボイルドです。それなりに面白いです。ちょっとね、作者の嫌味ったらしいところが気になりますけど。おそらく、私などよりもさらに一世代上の方なのでしょうね。変な余裕が見えるところがあって、それが嫌味に思えます。つまり、「どうだ、これがハードボイルドと言うものだぞ、君らに分かるかね。」みたいな。

須賀敦子さんで内省的になったところでの気分転換には、ちょうどよかったかもしれません。そういうことにしておきましょう。

2007/05/16 23:59 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

ふるさと

高校を卒業するまでの18年間のうち、合計すると12年すごしたのが北九州です。生まれたのは戸畑。6歳までと、小4から中3まで、6年づつ住んだのも戸畑。でも、学校は小倉まで通っていたので、それに戸畑と言っても知らない人の方が多いので、相手が九州の人でない場合には、出身地は小倉、と説明しています。まぁ、一種の詐称ですが・・・小倉は一応城下町ですし、無法松とか、森鴎外や松本清張が住んでいたとか、それなりに知られている部分もあって、よその方にもなんとなく場所を分かってもらえることが多いのですよ。

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写真は、ホテルの部屋からの眺めです(写したのは先週の日曜日)。弓なりに伸びているのは、小倉から門司にかけての海岸線。左側のちょっと手前の陸地は、おそらく関門海峡に浮かぶ彦島。そう、北九州は海峡の町なのです。

長州は目と鼻の先で、方言も下関あたりと同じ。博多とは全然違います。
あ、方言で思い出した・・・戸畑はトバタなんですが、高校野球の実況でアナウンサーがバタ、バタというのが耳障りで仕方なかったことがありました。

小さい時は、口ばかり達者な可愛げのない子供だったようです。確か三つになる少し前だとおもうのですが、博多の本家の大伯父さんのお葬式の日、「なんち、うるさか子ね。」と叱られたのを覚えています。自分の中では、甘え方をしらない寂しい子だったという記憶もあるのですが、どちらが実像に近いのでしょう。

2007/05/13 12:58 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

久しぶりの九州

連休後半、法事のために両親と九州へ里帰りをしていました。博多に小倉。親戚回り、お寺回りだけではつまらないからと、ついでにちょっと足を伸ばして、親孝行(のつもり)の旅行をくっつけて・・・

普通は、私などよりよほど元気に見える両親ですが、日常と離れた場所に行くと、さすがに八十歳と言う彼らの年を思い知らされることになります。歩いてもらうのがとにかく大変。特に膝の悪い母には、階段はまず無理です。ちょっと歩くと、本当にヨタヨタ歩くという感じになってしまう。

足を伸ばした先は、唐津です。福岡から地下鉄とジェイアール筑肥線を乗り継いで(乗り入れして、直通運転をしています)80分、そんなに遠くありません。私には初めての唐津は、落ち着いた風情のある街でした。父は唐津には来たことがある、鏡山に登ったことがある、と言っていましたが よくよく話をきけば、子供の頃の話です。なんと70年以上も前のこと!
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<唐津の舞鶴城>

お天気がはっきりしなかったので、イカを食べるだけでも十分だろうと呼子へ。名護屋城址を見学して、七ツ釜を船で見に行って、港近くでイカを食べて・・・とても満足。呼子のイカは、身が透き通っていて、よくあるようなぬちゃぬちゃしたイカとは全く食感が違うので、実は苦手なはずなのに「これでもか!」と言うくらい食べてしまいました。
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<呼子大橋と七ツ釜>

名護屋城が、思っていたよりもはるかに大きいお城だったのには驚きました。名護屋城を囲むように、大名たちも陣屋を建て、当時はそれはそれは賑やかな城下町が出現したとのこと。さすが天下一の権力者の富!

玄界灘に面した福岡から長崎にかけての地域は、卑弥呼の頃の歴史を思い起こすこともできるし、風景は美しいし、お魚は美味しいし、お天気を除けばとてもよいところです。「あら、九州?暖かいところなんでしょ?」なんて聞かれますが、裏日本の端っこですから、冬はどんよりと曇った日が続きます。関東のように青空の広がる日は少ないのです。でも、いつか、平戸や五島列島にも行ってみたいと思います。

あ、唐津のお宿は、洋々閣。すべてに行き届いた素晴らしいお宿で、大満足でした。
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2007/05/07 23:26 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

またまた下部温泉

29日日曜日、11時新宿発のスーパーあずさで、甲府まで。甲府までの停車駅はなんと八王子のみです。さすが、スーパーと銘打っているだけのことはあります。連休の真ん中、あずさはそんなに込んでいません。大河ドラマの影響はあまりないようですね。

立川をすぎたあたりから見え始めた富士山のくっきりと鮮やかなこと。大月、塩山と過ぎていくあたり、山の緑は、グラデーションのお手本になりそうです。
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<身延線から見た富士山>

ところが、徒歩組2人、あまり意気が上がりません。友人は風邪が治りきっておらずゴホゴホ。私はアレルギーの発作で、ティッシュが手放せないありさま。温泉で治そう!

さて、下部のお宿は、まず梅乃屋さんです。ここは、和風B&Bと言った趣の小さなお宿ですが、昨年宿泊してすっかり気に入りました。勝手に私たち御用達のお宿と名づけてしまったのですが、とにかくお食事が最高です。懐石もどきの変な味のものではなく、地のものを生かした家庭料理を楽しむことができます。山菜や野菜の煮物、鮎の塩焼き、ほうとう、それに極めつけは、お釜で炊いた炊きたてのご飯。ごはんやだから、お米にはこだわりました、とのこと。福島は浜通りから送られてくるコシヒカリです。ああおいしい、と心から思えるお食事。実に洗練された家庭料理です。
それに、お宿代が、超を3つつけたいほどリーズナブルですから、本当に満足度の高い旅館です。下部にお出での節は、是非梅乃屋さんへ・・・って、私が宣伝してよいのか。

2日目の30日、またまた門西家のある湯の奥集落へ。山道を登ること小一時間は、いくら道を覚えているといってもつらいものがあります。でも、今年は準備万端おさおさ怠りなく、しっかり水分補給をしながら歩きました。(帽子はわすれましたが・・・)
湯の奥の集落では、昨年水を飲ませてくださったおばあさまもお元気でした。私たち2人組のことをしっかり覚えていてくださいましたよ。嬉しいですねぇ。
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<湯の奥の集落から見た山の景色。山の名前が分からないのが口惜しい。>

さて、常に挑戦を忘れない中年徒歩組、二晩目は新しいお宿に泊まってみることに。駅の反対側にある不二ホテルです。下部と言うより波高島(ハダカジマと読みます)に近いところ。あれこれ調べてくれるありがたい(徒歩組の)友人が、泉質が全く違うと聞いてきたのです。この温泉は、単純硫黄泉。ご近所の方を中心に、日帰り入浴の方で賑わっていました。今度からは、私達も日帰り入浴にしよう・・・
手入れの行き届いたお庭には、三田村鳶魚終焉の地という石碑がありました。
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二泊三日、温泉三昧で湯あたりしたのか、昨日の山登りハイキングがこたえたのか、帰りの電車の中では眠りこけてしまった徒歩組二人でした。今日から5月だというのに、大丈夫かしら・・・

ところで、写真はX01HTというMobile Phoneのカメラで撮ったものです。この機種のカメラ機能は、ほとんどつかいものになりませんねぇ。色は飛ぶし、ピントは甘いし・・・とりあえず、雰囲気だけでも見ていただければと思います。

2007/05/01 19:36 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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