ああ勘違い
てっきり土曜日出発だと思い込んでいた連休前半の温泉旅行、なんと今回は、日曜日出発だったのです。こんなことなら、別の予定も入れられたのに・・・
ダイ・シージエ 「バルザックと小さな中国のお針子」 (早川epi文庫)
考えてみれば、60年代後半と言うのは実に荒々しい時代でした。若者が政治にかかわろうとした時代だったのかもしれません。しかし、お隣の国、中国の文化大革命、あれはいったい何だったのでしょうね。年端も行かぬ少年少女が、紅衛兵という名で大人たちを、それも主としていわゆる知識階層を、人民の敵として糾弾して回ったのですから。
この小説は、そんな時代に反革命分子の子供として、山村に下放されて再教育を受けることになった羅(ルオ)と僕の物語です。彼らの親は医師でした。彼らが送られたのは、鳳凰山という山奥、電気もガスもない極貧の村です。時計もありません。ルオの持っていた目覚まし時計のお陰で、彼らは村長から多少の厚遇を受けることになります。ルオは物語を語ることが巧みでした。彼らは時々労働を免除される代わりに、2日かけて映画を見に行き、その映画を村人に語るという特別な任務を与えられることになります。無声映画時代の弁士のようです。
彼らは、村の仕立て屋の娘、小裁縫と知り合い、淡い恋を知り・・・男の子たちはやがて近くの村に下放されていた知り合いが旅行鞄に本を隠しているのを知り、その鞄を盗みます。彼らは、旅行鞄に隠してあった本のなかからバルザックの小説を、小裁縫に読み聞かせるのでした。やがて・・・(あとは是非お読みください。面白いんですから。)
作者の実体験に基づく物語だそうです。現在、作者はフランスで活動しており、この本もフランス語で書かれたものです。フランス語という言語が、勝れて知的論理的な言語であるためか、作者の中で若い日の体験が昇華されているためかは分かりませんが、淡々とルオと僕と小裁縫と、彼ら3人を取り巻く人々を描いて、実にすっきりとした読後感です。鳳凰山は、緑滴る山というより、岩山のように思えます。
さて、私たちは明日から、また下部温泉に行ってまいります。緑滴る山の中、温泉以外な〜んにもありません。お宿の人たちも「山の緑だけがごちそう」と言うくらい。
再教育には遅すぎる私たち、もちろん労働はいたしません。
今回の旅行の顛末は、帰ってきてからご報告いたしましょう。
2007/04/28 23:54 | 本 | COMMENT(1) | TRACKBACK(0) TOP







