人間の尊厳

最近、とみに記憶力の衰えを感じます。昔ならぱっと見ただけで覚えられたことが、今は相当意識しないことには頭に入らない。特に、人の名前。小説を読んでいても、「あれっ、あの人の名前は何だったっけ」とパラパラと数ページさかのぼってみたりするのは、珍しいことではありません。
嫌ですねぇ。
おそらくこういう獏とした不安は、誰もが感じていて、だから「脳を鍛える」という触れ込みの本が、ベストセラーになったりするのでしょうが、本当のところ、どうすればいいんでしょう。

そんな時に、リチャード・エア監督 「アイリス」(2001年)を見て、ますます行く末が不安になりました。人に優れた知性の持ち主であったアイリス・マードックですら、アルツハイマーによって記憶や言葉を失っていったことを考えると、常人である自分の行く末が、とても、とても、心配です。

80歳でなくなったアイリス。最晩年の数年は、アルツハイマーが進行し、彼女は、最後の作品「ジャクソンのジレンマ」が出版された時には、自分がその本の著者であることすらわからなくなっていたのです。それでも人は、与えられた寿命の尽きるまでは、生きなければならない・・・哀しいですね。

「アイリス」自体は、素晴らしい映画です。とくに、アイリスを演じた二人の女優さん、回想シーンの若き日のアイリスを演じたケイト・ウィンスレットと、晩年のアイリスを演じたジュディ・デンチの演技は絶品です。特にジュディ・デンチ。アルツハイマーが進行し始めてからの演技はアイリスが乗り移ったと言ってもよいくらい。

・・・・・

私の頭の中の回路が、どのようにつながったものやら、なんだか、俗っぽい小説が読みたくなって、久しぶりにケン・フォレットを読みました。ケン・フォレットは、お話の筋立てが巧みなので、原書でも最後までたどり着けますけれど、今回は翻訳で「大聖堂」。「針の目」でも「第三双生児」でも何でもよかったのですが、「大聖堂」が一番長いので。
この小説についてはいずれまた、書きましょう。

2007/01/28 23:55 | 映画COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

ハートのマーク!

週末、やけに天気が悪いと思ったら、センター試験だったのですね。

センター試験の頃はいつも天気が悪いという印象があります。寒い時、受験生が一番大変なのは、土壇場の詰め込みじゃなくて、体調管理かな。 今は、AO入試があり、推薦があり、一般入試もセンター試験の結果で代用する大学が増え・・・その上、大学の定員と受験者の合計が数の上ではほぼ拮抗しているとのことですから、高望みさえしなければいいんですって。ところがそうは思えないのが、人間の悲しいところ。「でもね、勉強したことは無駄にはならないのよ、せいぜい頑張ってね」と、エールを送っておきましょう。

この数日、藤原伊織さんの小説を片っ端から読み返していました。人それぞれ好みはあるでしょうが、私はテロリストのパラソルが一番好きですし、一番完成度も高いと思います。 てのひらの闇もいい。

イオリンは、主人公の心情を描き出すときに、彼らに多くを語らせることがありません。それに代わるのがちょっとしたしぐさや情景の描写。無駄のない簡潔な文章が物語のリズムを刻み、読者を道連れにしながら、カタルシスへと突き進んでいく・・・とでも申しましょうか。こういうお話を、纏綿たる調子でやられたんじゃ、途中で逃げ出したくなりますよ。過剰な思い入れや感傷がないのがいいのです。

だから何度でも読みたくなる。読んでしまう。
私としては、最大級の褒め言葉なんだけどな。ハートのマークをつけたいくらい。

2007/01/22 23:58 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

インタビュー術!

また、テンプレートを変えてしまいました。このところちっとも書かずに、そんなことばかりしています。

永江 朗 「インタビュー術!」 (講談社現代新書) 

みんな誰かの夢の中」というブログを書いておられるナオキさんお勧めの本。私も読んでしまいました。プロの技とはこういうことか、と思うことしきり。

最近、いろんなところでプロとアマの差がなくなってきているように感じます。それも、アマのレベルが上がったというよりも、プロのレベルが下がった結果として。こういう風に、誰もがホームページを持ったりブログを書いたりして、物言う手段が手に入ったことは画期的ではあるのだけれど、編集者というプロの手が入っていない哀しさ、独りよがりも許されてしまっています。はっきりいって、玉石混交ですもんね、ブログの世界は。(自分のことはこの際ちょっとだけ棚にあげて・・・)

帯に「インタビューがわかれば世界がわかる!」とありますけれど、この本、なかなか奥が深いです。「インタビューができれば仕事ができる!」と言い換えたいくらい。会社の若い子たちに読ませたいと思いました。

2007/01/18 00:41 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

うたかたの・・・

「うたかたの」は、「消える」にかかる枕言葉ですが、「泡沫の」だとどうもイメージが良くありませんね。でも、平仮名で書くときれいだと思いませんか?なぜか、ココロ惹かれる言葉。
題名のイメージだけで、作者にも作品にも何の知識もなく読んだ本です。

ボリス・ヴィアン 「うたかたの日々」 (早川epi文庫)

実にシュールなお話でした。若く美しいクロエの肺になぜか睡蓮が生えてしまうという、ありえないお話です。シュールなイメージに満ちた映画か、あるいはルネ・マグリットの絵でも見ているような心もちになりました。

クロエのために部屋を花で満たすコラン。はかなく滅びるものの美しさに満ちています。あらゆるディテールが、象徴的なイメージで構成されており、それらが象徴するものを読み解くような読み方もできるかもしれません。ただ私には、光の足りなくなった台所で、自分の手から血を流すほどタイルを磨くハツカネズミが、とても印象的でした。

2007/01/13 23:57 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

猫でモブログ

20070110181934
ネコムスコに協力してもらって、モブログの練習2回目です。
携帯からの書き込みを増やそうと目論んでいるのですが、さて…

2007/01/10 18:17 | 雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

仙人の生活

今年は冬の嵐が多いようです。年末の大雨も、3連休の大風も、発達した低気圧のもたらしたもの。異常気象は嫌ですねぇ。私は、川の近くで暮らしているので、大雨のあとの増水で水浸しになった河川敷や、風にあおられて逆流していそうな川の水をみると、荒ぶる自然、を目の当たりにするわけで・・・神仙界に遊んでいると想像してみたり。(アホらし・・・)

絲山秋子 「海の仙人」 (新潮文庫)

主人公は、敦賀の美しい海のそばで暮らす河野くん。そこに登場する神様は、ファンタジーという名前なのだけれど、ちっともファンタジーを語らない。単なる居候です。3億円の宝くじを当てて会社を辞めたカッツォ=河野の生活は、仙人というよりも引きこもりのようなものです。そしてそこに絡む女性二人。カッツォくんはセックスレスだし、恋人のキャリアウーマンは癌で死んじゃうし、そういう意味ではかなり寂しげな物語ですが、読後感はどちらかというとさわやかです。

絲山さんは、サバサバ感がいいなぁ、と思います。「イッツオンリートーク」もそうでしたけれど、サバサバとセックスを語り、サバサバと生きていく。絲山さん自身が、会社員時代は総合職で男性に伍して(おぉ、嫌な言い方!)働いていた方だということですが、このサバサバ感ならば、きっと男社会の中で仕事をすることが、ぜんぜん苦痛ではなかったんだろうな、と思います。というか、あんまり自分が女であることを意識しないで働けた方だったんじゃないでしょうか。サバサバって、別にガサツだとか粗雑だということじゃありませんよ。そのあたりを分かっていない男って、実は案外多いんですけど。

さて、川原泉大先生の「中国の壺」でも読みながら寝るとしましょう。(仙人つながり、です。)

2007/01/10 00:38 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

感傷的東京

ずいぶんとしっかり雨が降って、まさに東京が湿り気を帯びて霞んでいます。

新年2冊目は

重松清 「哀愁的東京」 (角川文庫)

これもやはり、希望あふれる新春向きではなかったような・・・しかし、自分の来し方行く末を考えるきっかけにはなりそうな・・・。

語り手は、フリーライター。絵本作家でもあるのだけれど、そちらは数年スランプ状態。とはいえ、ライターとしての仕事ばかりが忙しい状況から抜け出そうとする努力はほとんどしていないようです。開き直っているわけではないけれど、妙に醒めた目で取材のためにいろいろな人に会い続けています。

取材のために主人公の進藤宏が会うのは、事業失敗目前の起業家、かつて覗き部屋で働いていた女、閉園を目前にした遊園地のピエロ、ピークをすぎたアイドル歌手、退任を目前にした雑誌の編集長、一世を風靡した作曲家、バーの手品師、SMの女王だった友人。
それら取材対象との出会いを縦糸とするなら、賞を取った進藤の絵本「パパといっしょに」と家庭問題が横糸となって、東京を舞台に織りなされた物語とでも言ったおもむきの小説です。

この物語のキーワードは、「プロ」。何度も「プロ」という言葉が出てきます。主人公はライターとしてはプロですが、絵本作家としてはプロになりきれていません。でも、会う人たちはそれぞれに「プロ」であることを意識して生きてきた人たちばかりです。主人公の心情には、重松さん自身の経歴もそこには深く投影されていて(されていると思わせて)、ほんとうに、もう、なんて巧いんだろう。

長い年月、好むと好まざるとにかかわらず、会社員として生活してきて、なにかの「プロ」であったことがあるのだろうかと思うと涙がこぼれそうになりました。
私の、感傷的東京生活。


2007/01/06 21:03 | COMMENT(5)TRACKBACK(0)  TOP

仕事始め

今朝の電車はかなり空いていました。仕事始めが来週からという方も多いのでしょう。年初に休暇を取るっていいなぁ、と年末に休暇を取る私は思ったりするのです。

去年もジャンルを問わずいろいろな本に通勤のお供をお願いしましたが、さて、今年は何からにしよう、そうだ、年末に買っておいたあの本だ・・・というわけで、

吉田修一 「長崎乱楽坂」 (新潮文庫)

失敗しました。いえ、この作品はなかなかの力作です。が、内容が新年1冊目の通勤のお供にはふさわしくなかったかな、と。父親を亡くした兄弟が、母親の実家に引き取られるが、それは極道の家で・・・というお話。独立した短編がつなぎ合わされて、ひとつの物語の世界を描き出しています。
今、朝日新聞に連載中の「悪人」もそうですが、吉田さんは、方言の使い方が巧みです。登場人物が、生きて、動いています。

実は今年の読み初めは、コミックでした。これも、年末に買い込んでおいたもの。買ったその日にすぐに読んで、もう一度読み返したのが、2日の夜。吉田さんづくしですね。

吉田秋生 「イブの眠り 1〜5」 (小学館フラワーコミックス)

「YASHA」の続編というべきなのかもしれませんが、主題が違いすぎて続編とは呼べそうにありません。
「YASHA」の最後で、雨宮凛として生きることを選んだ有末静に、実は娘がいて、その娘アリサが、静のクローンで死鬼と呼ばれている男と戦う羽目に陥ります。静は死鬼に襲われて瀕死の重傷を負い、頭脳は正常に機能しているものの肉体は亡びかけています。そして、静の忠実なボディガードであり、戦友でもあったクロサキは、アリサの育ての父であり、彼もまた、負傷して戦いの最前線に出て行くことはできません。新人類としての静のDNAを受け継ぐアリサだけが、死鬼と互角に戦う力を持っているのです。アリサは、弟や、烈(BANANA FISHのシンの息子)とともに、ついに死鬼を滅ぼすのですが、その時、静もまた世を去ってしまいます。
静のDNAを受けついたアリサは、遠いいつの日か、新人類の母=イブと呼ばれるかもしれない。その日まで、イブの遺伝子は眠りにつく、ということで題名が「イブの眠り」となっているわけです。

しかし!「BANANA FISH」に始まった一連の物語の最終章がこんな形になるとは、思いもよりませんでした。今度、全部ぶっ通しで読んでみようと思います。

2007/01/04 23:58 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

謹賀新年

明けましておめでとうございます

新しい年が、平和で希望に満ちた年でありますように…

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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真間山弘法寺

2007/01/01 01:51 | 雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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