ひだりには何がある?

筒井康隆 「愛のひだりがわ」 (新潮文庫)

これは、たまーに筒井先生がお書き遊ばすJuvenile風。筒井さん、表向きは十代の読者を想定した小説のような顔をして、実は・・・という小説、いくつか書いておられます。

物語は愛ちゃんという少女のモノローグで進みます。12歳の愛ちゃんの大冒険。父を尋ねて三千里です。母親が死んだところから始まる物語なので、愛ちゃんが探すのは父というわけ。治安は悪く、人々の心は荒み、母親の残したお金は取られてしまい、でも犬の言葉が分かる愛ちゃんは一人ぼっちではありません。空色の髪のサトル、ご隠居さん、歌子さん、志津恵さん、さまざまな人との出会いのなかで、愛ちゃんはどんどん強くなる。父親を見つけたのは、旅の出発点となった故郷の町でした。愛ちゃんは、きっぱりと父親を捨て、また町を出て行く。

ぐいぐい引っ張られるように、読み進みました。面白いです。文体も、愛ちゃんの年齢にふさわしい。ただ、愛ちゃんの新たな出発に、カタルシスが感じられないのです。それほどに、愛ちゃんの住む世の中は殺伐としています。町を一歩出ると、荒れ果て、砂埃が舞い…その風景こそが、筒井さんの描きたかったものかもしれません。

大学生の頃から筒井さんの小説を読み始めて、何年になるのでしょう。実は、ワタクシ、何を隠そう、筒井作品の文庫本は全部持っている、筒井オタクなのでした。

2006/08/30 00:48 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

乱読・濫読

このところの忙しさで、頭の中はグッチャグチャ。読んでいる本もグッチャグチャ。第3四半期、不調です。

山颯 「女帝 わが名は則天武后」 (草思社)

パリ在住の中国人女性作家が、フランス語で書いた作品です。霊廟にあって現世を見守っている則天武后が、自分の一生を辿っていく一人語り。喜びや悲しみといった現世の感情を既に超越した則天武后の語りには、過剰な思い入れも甘ったるい感傷もなく、淡々と時間が過ぎていきます。そう、彼女は実に淡々と自分の人生を語るのです。後宮でのたたかいも、一言で片付ける。宮廷の儀式の描写など、どれだけ真実をつたえているのかは分かりませんが、武照という娘が、己の才だけを頼りに、地位を確固たる物にしていくさまは、会社のなかでの権力闘争と変わるところがありません。私には、面白い小説でした。


高村薫 「照柿」 (講談社文庫)

高村さん、大丈夫かなぁ、というのが読み終えての感想。なんだか、いまの社会に対して高村さんが抱える怒りのようなものを感じました。「マークスの山」では、白いズック靴が印象的な合田雄一郎は、いまや汚れて灰色のズック靴を履いているといったら言いすぎでしょうか。

ある意味、たいしたことのない事件が2つ。2つは関係があるような、ないような・・・そのたいしたことのない事件解決にのめり込む合田の姿は、異様です。もはや「則を超えて」います。そこにからんでくるのが、合田の幼馴染で工員をしながら彫刻をする野田達夫と、野田と訳ありで、合田が目撃した駅のホームでの事件の関係者でもある美保子。

照柿は、西日に照り映える柿の色だとか。この色は、合田の見る暑苦しい夏の夕暮れの色でもあり、工場で野田の目の前にある炉の色でもあります。物語の背景には、いつもこの色が見えます。野田が殺人を犯し、合田は警官でありながら暴力団幹部と博打をする。真っ当に生きてきた男たちが中年に差しかかって道を踏み外す物語には、ねっとりとした汗が滲み出て来るような、暑い暑い夏こそが舞台として相応しいようです。でも、これは、八王子の夏ではなく、大阪の夏ですね。

高村さんの小説は、色を感じさせるものが多い− 「リビエラを撃て」の緑、「李歐」の桜色。同じ合田が主人公でも「マークスの山」は白。それが、熟柿に変わったのは、登場人物が中年に差し掛かったからでしょう。
ほんと、夏の西日はやり切れません。(と、西向きの部屋に住む私は思うのです。)


平安寿子 「グッドラックららばい」 (講談社文庫)

変な家族の歴史。信用金庫に勤める小心者でケチの信也、ふらりと家出をして20年も帰ってこない鷹子、リーターの走りのような長女の積子、何事にも欲張りな次女立子。周りのおせっかいにもめげず、信也は鷹子と離婚しようとはせずに時々連絡を取り合っているし、積子と立子の人生感も正反対。でも、こんな家族、あるかもしれない、と思わせるところはよいですけれど。
あけすけ、というコトバがぴったりな小説。もしかしたら、作者はちょっとがさつなオバサンではないかと思ってしまいました。

日本語は美しい言葉ではなくなりつつあることを実感します。


3冊分の感想を書いて、まだ追いつきません。Excelのリストによれば、筒井康隆やカポーティも読めば、その合間に、ブリジット・ジョーンズ2冊なんてのもあるんですから。

2006/08/25 09:29 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

田舎に泊ろう!

お盆休みも取れなかったので、同じくかわいそうな境遇の友人と2人(いつもの中年徒歩組コンビですが)、今度は土日1泊2日で諏訪に行ってきました。諏訪大社下社の秋宮と春宮にお参り。秋宮の近くの旧中仙道あたりを散策して、本陣の跡や日本フィギュアスケート発祥の地などを見て回り、宿泊先の温泉以外にも日帰り温泉をいくつか回り・・・36度と言う暑さの中で、結構頑張りました。

下諏訪は初めてでしたが、風情があってとてもよい街。旦過湯は、銭湯とどこが違うの?というくらい地元のひとに愛されている温泉でしたが・・・ここでまたまた、地元のおばあさまとコトバを交わすことに。

なぜかお年寄りに人気の私たち。寄って行きなさいよ、というお言葉に甘えて、お茶をご馳走になりました。なぜ、私たち?なんだか、田舎に泊ろう!のプチバージョンをやっているようで、笑えます。

しかし、元気なおばあさまがたには本当に勇気づけられますね。一人暮らしでも、しゃんしゃんと暮らしておられる。7月の水害の時には、床下まで水が来たとのこと。心細い思いもなさったでしょうに、片付けの時にはボランティアの人たちも来てくれて、助かったのよ、とこともなげに言っておられました。明日は我が身・・・自分が同じような境遇になったとき、気丈に生きていけるのやら。

諏訪大社はなかなかの見ものです。上社と下社があり、上社には前宮と本宮、下社には春宮と秋宮があります。それぞれのお宮に御柱が4本づつ。つまり、御柱祭の時には、計16本の柱をおろさなければならないことになります。今回見た御柱のうち、春宮の一の御柱は堂々とまっすぐに高くそびえ、それは見事でした。img_20060822T003528784.jpg
 
また、秋宮の神楽殿の注連縄もこれまた見たことがないほど大きく、驚きました。
img_20060822T003531117.jpg


プチ田舎へのプチ旅行でも、いろいろ収穫はあるものです。

2006/08/21 23:55 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

小説の難しさ

川上弘美 「ニシノユキヒコの恋と冒険」 (新潮文庫)

よほどのことがない限り、本は貯めこんでしまいます。齧歯類か、私は!でも、せっかく縁あって買った本を売るなんて、ねぇ。
というわけで、やっぱり置いておくスペースのことを考えたりして、小説は文庫本ばかり買ってしまいます。川上さんの新しい小説が文庫で出たので、いそいそと買い、読み、あらら、と。

これは、川上さんにとっては意欲作の範疇に入るのではないかと思います。ニシノユキヒコなる人物のことを、彼とさまざまにかかわりを持ったおんな達の視点で描いていくという構成。描かれている人物も、ニシノさんだったり、西野クンだったり、ユキヒコだったり、いろいろです。違う角度から光が当たって、ニシノユキヒコという一人の人物の姿が浮かび上がる。作者の意図はそこにあります。ところが、残念なことに、ニシノユキヒコさんの姿が今ひとつはっきりしないのです。

川上さんは、常ならぬ発想の方ですから、こういうある意味よくある手法はとらなくても良かったのではないかと思います。本当に残念。小説の構成って難しいですね。

2006/08/17 23:51 | COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

戦争の傷跡

最近、何かと言うと憲法を持ち出して自分の行動や心情を正当化しようとするコイズミ氏が、またまたやってくれちゃいました。あの人には、いわばTVに出ているお笑い芸人さんのような言葉を操ることのできる才能があり、そこにTVが飛びついて「劇場型政治」が成立したのでしょうが、そんなものをそのまま受け取る側の情けなさ。次は、国民的人気に支えられたAさんだとマスコミはうるさいけれど、世論調査の結果云々と一緒に、Aさんの思想・信条・理念、そういう政治家としての資質みたいなものをしっかり書けよ、しっかりしてくれよ、お偉いマスコミさんよぉ。(与太っちゃいました。)

このところ、サクサクと本を読んでいるのですが、ちゃんと書いておく時間がありません。それはまた落ち着いた時にでも、ということで、つまりワタクシはお盆休みも関係なく、お仕事人間と化しているわけです。

先週、何ヶ月ぶりかで、古いLDをDVDにする作業をしました。バーゲンプライスで出ているものと、3時間以上の長尺はDVDを買いなおしてもいいことにしようと、勝手な理由をつけてちょっとハードルを低くしたとたん気が緩んで、すっかりペースを落としています。軟弱な私・・・

しばらくフランス映画のDVD化作業をしようと思っています。8月だから、と言うわけではなかったのですが、

アンリ・コルピ監督 「かくも長き不在
マルグリット・デュラスが脚本を書いています。これは、ほんとうに素晴らしい映画なのです。カンヌでグランプリを取った作品だったと記憶。でも、ハリウッド映画のように大ヒットすることはなかった、のだろうと思います。

パリの下町で、あまり流行っていないレストランを営む女主人テレーズ。ある日、彼女は最近姿を見せるようになった初老の浮浪者に目を留める。ゲシュタポに追われて姿を消した夫にそっくりなのだ。男は記憶をなくしているらしい。あとをつけて住処を確認したり、呼び寄せた叔母と夫の話をするところを聞かせてみたり、閉店後のレストランに招いて食事をし、昔好きだった音楽をかけてダンスをしたり・・・テレーズは手を尽くすが、男には記憶を取り戻す気持ちがなさそうにすら見える。帰っていく男に、テレーズは夫の名前で呼びかける。
「アルベール・ラングロワ」
「アルベール・ラングロワ」と呼びかける声が夜の街にこだまする。すると、男は、おびえた顔でゆっくりと両手を差し上げる。もう逃げ場がない、降参だとでもいうように。やっぱり彼は夫だったのか・・・
再び走り出した男は、近づいてきた車のヘッドライトに目がくらみ、そして事故が起きる。彼は大丈夫、でも行ってしまったと友人に聞かされたテレーズは、希望を捨てないという。
そんなお話です。

記憶喪失の男は夫だったかもしれない、違う人物だったかもしれない。彼は、事故で亡くなったのかもしれないし、本当に街を出て行っただけかもしれない。結論は示されていません。それは見る人によって違ってもかまわないのです。

何かを声高に主張しているわけではありません。ですが、戦争によって幸せな家庭を壊されてしまった妻の哀しみが、心に沁み込んできます。ヨーロッパの文化が優れていると思うのは、こういう映画を見た時。

文化人コイズミ氏も、朝早くから警備の人やマスコミさんや、大勢の人を騒がせて、しょうもないことに血道をあげるのではなく、この映画でも見て、戦争の悪に思いを馳せてはいかがでしょう。あ、プレスリーの唄が使われてないから無理か・・・

2006/08/16 23:24 | 映画COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

いまさらながら、新生日本代表のことを

さて、やっとトリニダード・トバゴ戦の録画を見ることができました。結構不満です。前半、確かに選手は良く動き、ダイレクトパスがつながっていました。三都主の2点目、FWを置き去りにするスピードでの猛ダッシュもよかったと思います。ただ、Wカップで他国の試合を見慣れた目には、パスが弱く遅く見えます。(あぁ、あのヒデのパス…)
それと、緩急の変化をつける(つけられる)選手がいなかったため、一本調子でした。前半の早い時間に得点を挙げたので逃げ切りましたけれど、後半は、トリニダード・トバゴのほうが、むしろ良い展開をしているように見受けられました。勝てたからって安心してはいけません。

この時期、結果は重要ではないのです。 オシム・ジャパンは走るサッカーだと、マスコミはうるさいですけれど、そもそも走らないサッカーってあるんでしょうか? 歩くサッカーって・・・そんなバカな!

選手選考にあたって、ジーコさんが実績とテクニック重視だったのに対し、オシムさんは明らかにコンディション重視だという気がします。今回も、調子の良いチームから、調子の良い選手をまとめて選出してベースをつくったから、わずか数日の練習でなんとか格好が付いたというところでしょう。そういうやり方を採れるオシムさんはやっぱりプロの監督さんです。こういう監督さんと一緒に、日本らしいサッカーを追求していければ、面白くなりますね。

おそらく40人くらいの、代表候補グループをつくってオシムイズムを叩き込んでおいて、その上で、常に核となる選手+コンディションの良い選手で、試合に臨んでいくんじゃないかと言う気がして仕方がありません。今回選ばれた選手も、外れた選手も、一人一人の力を高めて、Jの試合をエキサイティングなものにして欲しいものです。

2006/08/12 23:42 | サッカーCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

花火も終わり、日本代表も新チーム始動

我が家最大の来客イベントである、XXの花火大会も終わりました。

年々歳々花相似たり、と言いますが、花火もそうかもしれません。でも集う人々は毎年違って、やはり人同じからず、というわけです。 今年も写真を撮り損ねました。いったいどのようなカメラを使い、どのように撮れば、新聞に出ているような写真が撮れるのでしょう。

来週は、はやお盆。8月は飛ぶように過ぎ、夏は弱り、奈落の底に落ちはじめたかのように陽が短くなりはじめています。あと2週間もすると、 あぁ日の暮れが早くなった、と分かり始める時期。子供の頃、夏休みの40日があんなにも長く感じられていたとは、信じられない思いです。

宴のあとは余韻を楽しむ余裕もない。サッカーも新しい代表監督の下、新しいチームが始動し始めました。オシムさんを見ていると、 監督とは斯くあるべきもの、と強く感じます。まだ勝負にはこだわる必要のない今は、若い人たちに経験を積ませ、2年後に予選が始まる頃には、 上手にコンディションの良いベテランを加えてチーム作りをするような、そんな監督さんなんじゃないかなという気がしますが、さて、 実際にはどうなっていくのでしょうか。

2006/08/08 01:11 | 雑記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

カウントダウンが始まると・・・

大雨の梅雨が明けて、はや8月。なんでもそうですが、物事のちょうど半分、つまり折り返し点まで行きつくのはとても大変。でも折り返し点を過ぎると、あっという間に残りが少なくなるばかり。嫌ですね。さびしいですね。

久しぶりに駅のホームで買って通勤電車の中で読んだAERA、「ひとり、地を這う抵抗 辺見庸は沈黙せず」という記事が出ていました。脳出血→結腸がんと大病続きで、体調が万全なはずはないのですが、講演活動を再開されたとのこと。

辺見さんの思想も主張も重たくて、すべて軽めをよしとする、あるいは、教養という意味での質の低下の甚だしい昨今のご時世の風潮とは、ベクトルが異なります。

この国のあり方について、憲法について、政治について、戦争について・・・辺見さんの説いておられることは、私にはごく当たり前のことだと思えるのですが、それが「抵抗」になってしまうほど、いまのこの国はオカシイ。

著作も、「自分自身への審問」に続いて、病後2冊目の「いまここに在ることの恥」を上梓されました。こうしてご自分の主義主張を貫いておられる姿を拝見すると、頭が下がります。(「自分自身への審問」については前に一度書いています。)

結局、生活のなかで、若い日々の思いを何一つ実現できなかった私。せめて本を買って、辺見さんの応援でも致しましょう。


2006/08/02 08:31 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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