望楼館追想

5月に入ってから読んだ本で、感想を書き忘れていたものがあったことを思い出しました。

エドワード・ケアリー 「望楼館追想」 (文春文庫)

この不思議な小説は、こんな言葉から始まります。

ぼくは白い手袋をはめていた。両親と暮らしていた。でも小さな子どもではなかった。三十七歳だった。下唇が腫れていた。 


本屋でパラパラと見ていた時、この出だしの5つのセンテンスで、ココロを鷲掴みにされたような気がしました。作者は1970年生まれ。なんと、デビュー作だそうです。

物語の舞台は、望楼館と呼ばれる集合住宅です。もともとは大きな邸宅だったのが、24世帯が暮らせるように改造されています。でも住んでいるのはたった7人。盗癖がありいつも白い手袋をはめている“ぼく”フランシス・オームをはじめ、奇妙な性癖を持つ人ばかりです。そこに新しい住民が引っ越してくることになりました。ぼくは、何とかして新参の住民、アンナ・タップを追い出そうとするのですが・・・

“ぼく”は、過去が掘り起こされるのを恐れていました。
住人たちの現在と過去、望楼館の今の姿とかつての姿、この建物と共にあるオーム家の人々の過去。それらが、交錯しつつ少しずつ明らかになっていく過程で、読者は自分がアンナ・タップと同様、望楼館への闖入者であるかのような気分を味わうかもしれません。そして、私たちがこの古い建物とそこに住んだ人々の歴史を理解した時、建物は解体されてしまいます。過去を取り戻すことは、住民たちから未来を奪うことでもあったのです。

しかし、物語は破壊では終わりません。ちゃんと再生が用意されています。同じ場所には、シティ・ハイツというまっとうな集合住宅が建ち、フランシスとアンナは子どもを育てている。フランシスはもう手袋をはめません。でも、

時々白いペンキのなかに手を浸してみる。鏡のところまでいって白い手をした自分の姿を眺めると、とても悲しい気持ちになる。

のです。

この終わりの文章も、なんとも言えずしみじみと心に響きます。



2006/05/30 00:33 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

準備完了

ついに、長い長い逡巡の挙句、ついに、大型TVを購入。この数年、タイミングを見計らっていましたが、Wカップ前の今しかないだろうと・・・

42インチです。大きいですよ。TVにあわせて、リビングの棚を組み替えなければなりません。これで、リビングの棚が完成します。3年越しの計画ではありますが、まぁ、出費の続くこと!

ドイツ行きはあきらめたし、今年は静かに暮らします。見るべきソフトは溜め込んでありますしね。

2006/05/29 07:49 | 雑記COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

歴史あそび

今週、風邪をこじらせて“Lost my voice” 声が出ません。ええぃ、儘よと2日間病欠をとり、今日やっと出社。でも、会社で一日静かにしていました。静かな私は珍しいのです。

休んでいた2日間、ほとんどベッドの中で過ごしていました。ふと見上げた棚に、文庫本が一冊。黒岩重吾の「天空の彩王・藤原不比等」の下巻でした。あ、こんなところにあった。ぱらぱらと見て、ついでに上巻を読んで、「中大兄皇子・伝」上下巻を見て、山岸涼子「日出処の天子」全11巻をしっかり読んで、最後は、また、黒岩重吾「紅蓮の女王 小説 推古女帝」。天武天皇が主人公の「天の川の太陽」は、本が分厚いので止めておきました。手がだるくなりますものね。

どれも何度も読んだ本ばかりです。歴史のお勉強のサブテキストのような感じで、なんとなく読んでいるんですけれど。
でも、黒岩先生には申し訳ないけれど、圧倒的に面白くて印象が強いのは「日出処の天子」です。梅原先生の「聖徳太子」もぶっ飛んじゃいます。
あの目がいいじゃありませんか。切れ長なんてものじゃありません。

古代史には、想像の余地がたくさん。だから、これまでも多くの学者・作家を惹きつけてきました。そこまで詳しくなくても、古代史の年表地図があれば、結構遊べます。ほんとうに、歴史は古い時代ほど好き。

四大文明の発祥地を訪ねるのが夢でした。でも、今、メソポタミアは一介の旅行者がフラフラいける場所ではなくなってしまったし、エジプトも何年か前にギザでテロがあったし、インドは暑そうだしお腹こわしそうだし、時代は少し下るけれど万里の長城には行ったから華北はもういいことにするんだし・・・

行くんだぞ、という強い気持ちがあれば、行けないことはないのです。でも、これだけすぐに行けない理由が挙げられるなんて、本当は行く気がないってことなんでしょうね。結局のところ、まっとうな「見果てぬ夢」を口にしたいだけなのか。
まぁ、ひとつぐらいは、人様に胸を張って言えるような夢があってもいいですよね。

ところで、ってなんでしょう。
かなわないのが夢?実現するために頑張る目標が夢?

2006/05/24 23:30 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

夕焼け空

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雨上がり、地平線近くは雲が切れて、何やら幻想的な夕陽が見えました。

こんな時には、モブログの練習を…。

2006/05/21 08:24 | 未分類COMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

アゴタ・クリストフの小説を読むということ

アゴタ・クリストフは不思議な作家です。彼女は、ハンガリー動乱の際に、乳飲み子を抱えて夫と共にスイスに亡命しました。その時、わずか21歳。それからの長い年月を、時計工場で働きながらフランス語を習得したのです。

2冊続けて読みました。
 5月8日に 「文盲」 (白水社)
 5月9日に 「昨日」 (早川書房)


彼女の書く小説には、余分な修飾語がほとんどありません。それは、彼女の使っている言葉が母国語ではないことと大いに関係しています。母国語の世界に生きていた頃、彼女は「読む」人でした。そして、兄弟に向かって作り話を「語る人」でもありました。思春期を迎え、家族から離れて一人で寄宿舎暮らしを余儀なくされた時、彼女はついに「書き」はじめます。
それから処女作「悪童日記」が出版されるまでの年月のなんと言う長さ!彼女は母国語を失ったにもかかわらず、新たに習得した敵語で小説を書くに至ったのです。

外国で暮らすことは、それまでの自分を捨てることです。一番つらいのは、自分の考えや感情を説明する力を失ってしまうこと。母国語を使っていた時と比べて、なんと貧しい表現しかできないのだろう。でも、アゴタはあきらめない。

 私は言うだろう。
 「調べてみるわ」
 そして私は、倦むことなしに何度でも辞書を引く。
 


自分を上手く表現できない時間が続くと、まるで自分が知恵遅れになったように感じてしまいます・・・そんなの時の絶望に近い気持ちを私は知っています。自分が望んで外国暮らしを始めたにもかかわらず、いえ、だからこそ余計に、焦燥感が募るのです。
  私はこんな程度の人間じゃない。
  私は大きな赤ん坊じゃない。
  あなたよりも、はるかにモノを知っているの。
  今の私の言葉のレベルで、私という人間を判断しないで・・・
母国語と切り離された時、人は孤独の本当の意味を知るのだと、若い日の私は思ったものでした。

そんな感慨はさておき、だまされたと思って、まぁ一度アゴタ・クリストフの本を読んでみてくださいな。

2006/05/18 23:19 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

Wカップ日本代表23人決定

サプライズはない、と言っておられたジーコさんですが、ちょっぴりサプライズを用意していてくれました。あっちこっち悪い久保タツが外れ、丈夫で長持ちくんが入りましたね。まぁ、仕方がないんじゃないでしょうか。13日の試合、タッちゃんは動きが悪かったですよ。いい時の2-3割の動きしか、できていなかったように思います。ドイツは寒いですし、天気も良くないかもしれません。あの気候は腰にはさわります。残念でした。

やなぎが選ばれて、ほっと一安心。ほんとうにあの子は、いつもハラハラさせてくれること!ファンの間では、やなぎジェットコースターなんて言葉があるくらいです。でも、今回のFWでWカップ経験者はやなぎ一人です。スコットランド戦のように、大きい相手がゴール前に引いて守っている時には、ほとんど得点機は巡ってきません。ドリブルは通用しないと思っておいたほうがよいのではないかと言う気がしますし、やはり、あのイタリア戦のように、ワンタッチでつないで抜いて、そして最後はダイレクトで決める、というような形をいかに多く作り出せるかが大事だと思います。

今回の中盤の7人は、みな素晴らしい選手ですが、次を考えて阿部くんあたりを入れておいて欲しかったのですが・・・ジーコさんは2006年大会の監督さんですから、2010年大会のことを考慮していなくてもしかたのないところです。

そうそう、壊れていたデジカメの修理が終わったという連絡があったので、会社帰りに取りに行ってきました。ついでに大型TVを丹念にチェック。直前になって気が変わるかもしれませんが、今のところドイツ行きは、費用、時間の捻出などなど諸般の事情であきらめています。せめて大きい画面でサッカー観戦できるようにすべきではないかと…まぁ、Wカップの経済効果に貢献しようというわけです。
ただ、こちらも選ぶのが大変そうです。ジーコさん並みに悩みが深い、なんて言ってみたりして。

2006/05/15 23:54 | サッカーCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

スコットランドには霧雨が似合う

スコットランドを思い出させるような霧雨の昨夜、埼玉スタジアムで日本代表vsスコットランド代表を見てきました。なんだかねぇ、という試合。フィジカルに劣る日本人、武器とすべきはやはりスピードなのではないかと、改めて感じました。組織としての戦術を持って戦う部分が6割、個人で局面を打開する力が4割、でしょうか・・・やれやれ。
W杯代表の発表も近いので、今は何も言いますまい。

試合そのものより、キルトを召したスコットランドサポーターをちらほらと見かけたことのほうが、新鮮でした。まさか、本国から来られたわけではないでしょう。日本在住の方だと思いますが、ここぞという時には、やはり民族衣装が登場するのですね。いいなぁ。
日本サポーター、代表ユニもいいけれど、アウェーでの応援の時には、法被(はっぴ)なんかいかがでしょう。

2006/05/14 23:56 | サッカーCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

忙しい一日

連休明け。今週は雑件に振り回されて忙しい。
なにせ、休みのあいだのメールも溜まっていることですし。

脈絡もなく、手当たり次第に案件を片付けて、
アゴタ・クリストフを読んで、
新しい靴を買って、
サッカーの代表戦を録画観戦して、

盛りだくさんの一日。

代表狂想曲はもう結構です。早く15日にならないかと願うばかり。
スポーツマスコミ、TVのアナウンサーに解説者、アピールアピールとうるさいこと!
そりゃぁ、23人のWカップ代表選手枠に入るためには、自分の力を示すことも必要でしょうが、アピールと聞くと、スタンドプレーの推奨かと疑いの目をむけてしまうのは私だけ?

自分だけ目立ったつもりになっていても、チームとしてのバランスが悪ければ何の意味もない。そもそもサッカーって、団体競技なんですけれど…

仕事も、ある意味団体競技です。個の力と組織の力。それが上手くかみ合わないと、会社は成長していかない。

おや、また仕事が顔を出してきた。
やっぱり私、今日一日忙しかったみたい。

2006/05/09 23:46 | 雑記COMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

六月の勝利の歌を忘れない

本棚の片付けも一段落。
私の長期お遊び計画によれば、今日は浦和vs鹿島を見に行くことになっていましたが・・・やなぎくんが怪我で離脱した時点で、スタジアム観戦の気持ちがすっかり萎えてしまいました。
こんなことではいけない。13日には代表戦を見に行くのだし、とばかり2002年の記録を持ち出してきて、朝からサッカー三昧の日!

六月の勝利の歌を忘れない」(DVD)

2002年Wカップの日本代表23人を追ったドキュメンタリーです。彼らが合宿入りをしてから、決勝トーナメントでトルコに敗れて、チームが解散するまでの記録。練習風景、選手たちの話、トルシエ監督(と通訳のダバディさん)の話。でも、妙なナレーションが付いていないので、何時までたっても、何度見ても、新鮮な感じが薄れません。

4年前の彼ら、合宿入りをした頃のやなぎくんは、右手の骨折の白い包帯が痛々しい。そうねぇ、タカは肺血栓症でメンバー入りできなかったんでしたね。俊輔は、トルシエ監督との確執が取りざたされましたが、怪我が治りきっていなかったのも落選の理由でしたよね。選ばれた選手たちも、直前に盲腸の手術をした西澤さん、手術をせずになんとか薬で持たせたシンジ、バットマン宮本、足の故障に泣いた森岡さん・・・満身創痍の選手たちが、頑張って、頑張って、予選リーグを突破しました。戦術を話し合い、確かめ合う選手たちの姿は感動的です。

あの奇跡のような6月から4年。今回も、こういうドキュメンタリーが製作されるといいな。



さて、これから浦和vs鹿島のTV観戦です。

2006/05/07 14:27 | サッカーCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

最後の瞬間のすごく大きな変化

もうお出かけはしない連休後半、家に籠って増えすぎて収拾のつかなくなった本の整理をしています。これまでは、好きな作家の作品を一番取り出しやすい高さの所に置いて、あとは結構適当に置いていたのですが、持っている本をダブって買ってしまわないよう、組織的に整理をしようと思い立ったようなわけで。
だんだんと記憶力の衰える哀しさ。本屋さんでこれは読んだか?と迷うことも多くなりました。情けなや、情けなや。

しかし、古い本は埃っぽい。扉つきの本棚なんですけどね。さっきから鼻水とクシャミが止まりません。みごとなハウスダストアレルギー症状です。

湯治に行く前に読んでいた本です。

4月25日−27日  グレイス・ペイリー 「最後の瞬間のすごく大きな変化 (文春文庫)

ペイリーさんは、「たった3冊の短編集で、50年の間、圧倒的支持と尊敬を受けつづけている」作家だそうです。いったいどのようなアメリカ人が、このご婦人の作品を支持しているのか、と不思議に思いました。なんだか妙に冷静で、老いや貧困を突き放してぽーんと放り投げて読者に差し出した、とでもいうような。
サポーターは知識人、であることは間違いありません。
ユダヤ人、ではないでしょう。

村上さんの訳は、とくにアメリカの現代の作家を訳す場合、どちらかというと訳文を自分の文体に引き寄せてくるような感じがあるのですが、今回は、しっかり作者のオリジナルの文体と格闘していることをうかがわせるような文章になっているように思えます。

ペイリーさんは、急進的な政治活動、社会活動に積極的に関与してきた、アメリカの社会では少数派に属する方のようです。村上さんは、政治的な発言は一切せずに、それでいて体制の外縁あたりになんとなく上手に居場所を作ってきた作家さんだと思います。そんな村上さんが、惚れ込んで訳しているというのが、なんとも面白い。

2006/05/05 20:23 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

湯治 つづき

湯治3日目の5月1日、今日は暑くなるんだってさ、と言いつつ、帽子もかぶらず水も持たず、山奥にある重要文化財を見ようと出かけていった軽率な都会者二人…40分という道のりが、ずーっと上りだとは!
 
「まだ?」
「まだ20分しか歩いていない」
「うそ!」
「藤って、ほかの木に巻きつくのね」
「だからあんなふうに、藤棚を作れるんだ」

らちのない話をしながら、とにかく歩くしかありません。歩いているのは山道ではなく、車が走る舗装された道です。ただ、こんなに静かな山の道路は初めて。思い出したように通る車を見かけるだけで、歩いている人には全く会いません。突然、路肩の枯れ草ががさがさと音を立てて、見れば1mほどのシマヘビ様が蛇穴へとお帰り遊ばすところでした。

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飲み物の自動販売機などあるわけがなく、「マラソン並みの運動じゃない。なんてこと!」 痩せると信じて、湯の奥という集落まで、必死の行軍です(古いか…)。その間にも気温はどんどん上昇し、流れる汗は半端ではありません。結局40分では行き着けませんでした。1時間弱というところでしょうか。

やっとたどり着いた湯の奥は、山の斜面に畑があり、家があり、集落のメインストリートは脇に水が流れ風情のある石畳。美しい山村でした。ここまでくると、あのうるさいほどのウグイスの声ももう聞こえません。ウグイスは里近くに住む鳥らしいと、勝手に納得してみましたが、さて?

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国の重要文化財に指定されている「門西家」は、萱葺き屋根も美しい入母屋造りの建物です。現在もお住まいになっているので、中を拝見させていただくことは遠慮しました。
このあたりの集落、湯の奥とはよく言ったものですが、金山の管理のために室町時代から人が住み始めたとのことです。峠を抜けると静岡県で、富士山の絶景がみられるとか。

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門西家を過ぎて少し上ったところには、小さな祠がありました。「ぱっくんおおかみとおばけたち」の舞台だな、と一人感心。(この絵本、ご存知の方がいらっしゃるかしら…)

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苦行のあとには、思いもかけぬ喜びが待っていました。石畳を下り始めたところ、ちょうどお昼で畑から戻ってこられたおばあさまが声をかけてくださって・・・脱水症状一歩手前の私たち、ご迷惑を顧みず、お言葉に甘えてお茶をご馳走になることに。なんと、なんと、お茶どころか、お茶請にと最中、かぼちゃの煮物、お漬物、といろいろお接待に預かることになってしまいました。最後にはお餅まで! 私たち、よほどひどい足どり、顔つきだったのでしょう。

このおばあさまは、ご主人に先立たれてからもう10年も一人暮らしをしておられるとのこと。娘さん二人は池袋にお住まいだとかで、お孫さんのこと、築60年近いというお住まいのこと、民宿をなさった頃のこと、いろいろとお話をするうちに、上の娘さんが私とは大学の同窓でちょっぴり先輩であることが分かり、まるで親戚の家を訪ねたかのようにくつろいだ心持になってしまいました。
「一人暮らしは寂しくはない、ただ伴侶をなくした悲しみは簡単に消えるものではない」とは、なんと含蓄のある言葉でしょう。しゃっきりと暮らしていらっしゃるだけでなく、ご自分の言葉で語りかけることの出来るこんな素敵なおばあさまにお会いできるとは、まっこと、息を切らし顔を真っ赤にして歩いてきた甲斐があったというものです。


さて、今回の湯治、図らずもおばあさま方との出会いの旅となりました。源泉でお会いした方、同じお宿に泊まっておられた観光農園のおばあさま。「息子がサラリーマンを辞めて帰ってきてくれたので全部譲って、息子夫婦のやりたいようにやらせているんです」と言いつつしっかりお宿をまもっておられるおかみさん。湯の奥で一人家を守っていらっしゃるおばあさま。たくさんの素敵なおばあさま方にお会いできて、とてもよい旅ができました。

そうそう、あちこち痛かった体も、なにやら元気になったような・・・

2006/05/03 12:54 | COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

湯治

山梨県にある下部温泉に3泊4日の湯治に行ってきました。毎年2−3回、ちょこちょこと近場の温泉に一緒に出かける同い年の友人が、よさそうな温泉場を探してきてくれます。去年の4月に行った佐久の初夜温泉というのもなかなか良かったし、このところ行き先探しは全くのお任せ状態です。

下部は、信玄の隠し湯として名高いところです。下調べをすると、お湯の効能としては、
外傷・骨折、打撲症、皮膚病、神経痛、リウマチ、肩こり、腰痛
外傷後の疼痛、 疲労回復、 高血圧、

などが出ており、どちらかというと、運動機能の回復に効果があるようです。それに、飲用すれば胃腸によし、と来ればまさに万病に効く万能型の温泉療法が期待できます。

骨折したり(私)、働きすぎていつも疲れていたり(二人とも)という、もう若くはない私たちにはぴったりのところを探したと、友人は自画自賛。連休始まりの土曜日、新宿で待ち合わせ、お弁当買って中央線に乗って、いざ湯治へと出かけました。

歌にもなった中央本線の特急あずさ。あずさにもいろいろあるようで、私たちの乗ったスーパーあずさは、新宿を出ると次は八王子に停まり、あとは大月も石和温泉もすっ飛ばして、なんと甲府までノンストップ。ところが、甲府からは、接続の関係で身延線の各駅停車に乗る羽目になり、走っている時間より、駅で対向列車を待っているほうが長い気がする、など勝手なことを話しつつ、下部温泉に着きました。

下部のお湯はとてもぬるいのです。源泉のお湯は30度ほどだと聞きました。だから、どこのお宿でも、ぬる湯(源泉そのまま、もしくは37度くらいまで沸かしたお湯)と沸かし湯(42−3度まで沸かした熱いお湯)の2槽が隣り合って設けられていて、

   ぬる湯に長く入る→沸かし湯で温まる→また、ぬる湯…

と繰り返して入ります。温度差のあるお湯に交互に入るのは、血行を促進するのですよね。確かに、体に負担がない感じがして、ぬる湯にはゆっくり入っていられますし、熱めの沸かし湯で体を温め、またぬる湯に入って、と本当に長い時間、お風呂で過ごしたような気がします。
聞けば、お相撲さん、野球選手など、プロのスポーツ選手が怪我のあと、よくリハビリを兼ねて療養に来るとのこと。なるほどねぇ。
石原裕次郎と北原三枝も来た、と街の人たちは自慢げに話していました。彼らはどこが悪かったのでしょうか。

湯治場ですから、箱根のような行楽地とも違いますし、熱海のような歓楽街でもありません。あくまでも湯治場。

窓から顔を出したねこさん。
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半鐘。ずいぶん古いものでした。
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2日目、どこかへお出かけですか、と聞かれて、近くに歩いていけるいいところはありませんか、と聞き返すと、今は新緑が目のごちそうだから、湯町ほたる公園あたりはどうかと言われました。のんびり歩いてたどり着くと、なぜか英語ではHotal Parkと書いてあり笑えましたが、とにかく人が少ない。車も少ない。な〜んにもないところ。ほたるの自生地には水芭蕉の花が咲いていましたが、それだけ。今は新緑がそれはそれは見事で、ホーホケキョとうぐいすのさえずりが絶え間なく聞こえてうるさいほどでした。

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これは下部川にかけられた、ほたる公園のつり橋。
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午後は、源泉館という日帰り入浴のできる浴場に出かけてみました。ここは、ぬる湯が源泉そのままなので、まぁ冷たいこと。沸かし湯で体を温めてから意を決してぬる湯に挑戦しました。30分くらい入ったかな。八王子から月に2回通っておられるというおばあちゃまとお話しました。膝が曲がってしまい階段なんか全く歩けなくなっていたのが、一年半通って土日だけ東京の大学病院から来るお医者様の治療を受けているうちに、杖無しで歩けるまでに回復したとのこと。

感服しました。
何よりも、その意欲に。そして継続する意志の力に。それが、回復の鍵なのでしょうね。
まだまだ若い私たち、頑張らねば、と顔を見合わせ頷きあったことでした。

お宿のおいしいご飯をいただいて、また温泉に入って、あっという間の白川夜船で湯治の前半が終わりました。

2006/05/03 11:43 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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