こんなに忙しくなる予定ではなかったので、秋のお芝居は早めに手配していました。たとえ疲労困憊していようとも、何としてでも参りますとも、というわけで、第一弾。
人形の家@シアターコクーン
作: ヘンリック・イプセン 演出: デヴィッド・ルヴォー
出演: 宮沢りえ/堤真一/山崎一/千葉哲也/神野三鈴/松浦佐知子/明星真由美/他
有名な戯曲ですけれど、白状するとこれまで一度も読んだことも見たこともありませんでした。もちろん、最後にノラが家を出るということ、そして、これが女性の自我の目覚めを描いた初めての戯曲だと言われていること、そのくらいの予備知識で、コクーンへ。
シス・カンパニーのWebからのあらすじです。(手抜きです)
まもなく銀行の頭取に出世しようという弁護士ヘルメルとその妻ノラは、3人の子供と共に、仲むつまじく幸せな生活を送っていた。だがノラには、愛する夫には決して言えない秘密があった。かつて夫が重病に罹ったときに、その治療のため、内緒で夫の友人から借金をし、しかも、その借用証書に、臨終の床にあった父親の署名を捏造していたのだ。それ以来、日々の生活では、借金返済の工面に追われながらも、なんとか平穏に過ごしてきた。
ある日、その借金相手・クロクスタが、夫ヘルメルによって職を追われかけ、秘密の暴露とひきかえにノラに、復職を夫に働きかけるよう迫ってきた。秘密が露見することで、これまでの幸せな家庭が破滅することに恐れ悩むノラ。だが、心の中では、もし夫がこの秘密を知ったとしても、夫は自分への愛のために、必ず自分を擁護してくれるものと強く信じていた。やがて遂に、夫の手元に、グロクスタから暴露の手紙を届く。そして、ノラは夫の真実の姿と、己がこれから取るべき道を知ることとなる・・・・。
四角いリングのような舞台が、劇場の中央に設けられています。つまり、通常舞台である部分は、舞台ではなく観客席になっていて、幕開きとともに、舞台が回ります。まずそうやって観客を
脅かしておいて、舞台は観客席ときっちり平行する位置で止まりました。よかったよかった。そのまま舞台が回り続けると、演じている人も観客も目が回りますから。(その後も時々、舞台は回ります。客席との角度が45度になったこともありました。)
「お金」「お金」というノラに、ノラってこんな女性だったの、と違和感を覚えたのですが、幼なじみのリンデ夫人が登場し、打ち明け話をするうちに、ノラが借金をしていたことが明るみに出ます。このリンデ夫人が、ノラの人生を大きく変えていくことになります。夫を亡くし、財産もないリンデ夫人は、ノラの夫ヘルメルが銀行の頭取になったことを聞き、伝手を求めてノラを訪ねてきたのです。
女は借金もできない。だから、ノラは父のサインをねつ造して借用書の形式を整えなければなりませんでした。夫のヘルメルは、ノラを「僕のかわいいヒバリ」と呼んで甘やかす一方で、細かなことにまで「〜をするな。〜してはいけない。」と命じる尊大な夫です。典型的な男尊女卑思想の信奉者がそこにいます。ノラは、そんな夫に逆らわないふりをしつつ、「金遣いの荒い」妻を演じながら、借金を返しています。ノラのサインねつ造を知ったヘルメルは、怒り、世間体を気にし、ノラのような女に子供は育てさせられないとまで言い募ります。それまで、「僕を頼りなさい」と言っていた男の本質は、こんな程度のものでした。
なんと、リンデ夫人は、ノラの敵であるクロクスタのかつての恋人だったのです。再出発を誓いあった彼ら二人は、皮肉なことに、世間体を気にするヘルメルを、社会的には救い家庭的には破滅させ、そして同時にノラには自立を促すという、きわめて重要な役回りを演じます。ああ、そういう筋立てのお話だったのね・・・このあたり、イプセンの作劇はなかなか面白い。
演出は、
さすがデヴィッド・ルヴォー、と思わせるものでした。特に印象的だったのが、家を出る前にノラが夫と対峙するシーン。舞台の中央に椅子が二脚、向かい合って置かれています。こんな風に向き合って、正面から相手をみて話をすることの大切さが強調されています。本音で話す妻と、建前に終始する夫。現代の夫婦間の会話として聞いても、少しも違和感のないやりとりでした。要するに、男と女の関係は、あまり変わっていないということ?
役者さんは、脇を固める人たちが皆さん、お上手でした。クロクスタの山崎一さん、リンデ夫人の神野美鈴さん、ドクター・ランクの千葉哲也さん、それぞれの人物造形が見事でした。堤真一さんは、今回は受けの演技に徹したという印象。それがうまく宮沢りえさんの大熱演を引き出していました。彼女、声にもう少し深みがあれば言うことなしですけれど、それはないものねだりというものでしょう。
ともあれ、久しぶりにとても満足度の高い観劇。演出家の力を、そこここに感じたお芝居でした。